第2章 残酷
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黒く塗りつぶされた意識内。そこにいた忌々しい男は私にこう問いかけた。
「私の贈り物は気に入ってくれたかい?」
私は奥歯を噛み締めた。この男に私の居場所を悪戯に壊されるのはもう何度目になるのだろう。
「その顔は気に入ってくれたと取っていいのかな」
クスクスと笑うその男を私は睨むが、言葉が出てこず私の体は震えていた。男がこちらへ近づいてくる。
「可愛い私の娘。お前のことを思わない日はなかった」
嘘をつくな。私なんて腹の足しになる餌の1人しか思ってないくせに。私をあんな簡単に捨てたくせに…私の大切な人達を殺させるくせに…どの口が言うのか。
「特に、鬼を人間に戻す可能性を考えるなんて…。愚かしいとは思わないところがまた愛おしい」
私の頬に触れ、額にキスを落とす。氷を一呑みしたような感覚が私を襲う。
「さっさと殺せば良いものを。産屋敷の連中に泣きついてな」
お前にはそれができるだろう?…そう男は言う。私はぎゅっと目を瞑った。瞼の奥に浮かぶのは赤い血と私を罵る言葉だった。
「お前が…お前がいなかったら……鬼舞辻魅子…!!!!」
私は堪らず耳を塞いだ。ごめんなさいっ…ごめんなさい…口からはそれだけしか出なかった。私が…私がいるせいで…私がっ…!
「幸子」
はっと私は目を開ける。優しく私を呼ぶその人は私の名をもう一度呼ぶ。忌々しい男から貰った名前ではなく……大好きな人達が付けてくれた名を。
「お母…ちゃん…」
顔を上げるとそこには大好きな人達がいた。もう二度と会うことのできない…私が殺してしまった人達…。でも、その人たちは私に生前と同じように微笑みかけてくれた。
「……花子…竹雄…茂……六太…。…ごめん…ごめんなさい…!! 私のせいで…ごめんなさい!!!!」
涙で歪む視界。しかし、母や兄弟たちは静かに首を振るのが分かった。私は堪えきれず嗚咽を零す。この家族は…どうしてこうも温かいのだろうか。いつも泣きたくなる。
「置き去りにしてごめんね幸子。お兄ちゃんと禰豆子を頼むわね」
…そうだ。何を当たり前なことを悩んでいたのだろう。兄も姉も私の家族だ。あの男が何を言おうと関係ない。私の家族は私が守る。涙を吹き、私が頷くと、母やみんなは優しく微笑み、そして段々と彼らの姿が薄れていったのだった。