第5章 首相の苦悩-トモダチ-
鷺澤さんは苦笑して、珈琲を飲み干した。私も少し冷めて温くなったジャスミンティーを飲み干す。
「初めて会ったような気がしない…うーん、これじゃあまるで貴女を口説いているみたいですね」
「あはは」
「何だかまた失言しそうなので
僕はそろそろ退散します」
「鷺澤さん、今日は有難うございました」
「礼を言うのは僕の方ですよ」
「久しぶりに楽しい夜を過ごせました」
「!」
私は鷺澤さんに微笑みかける。
「…あの、立花さん」
「はい?」
「僕と友達になりませんか?」
鷺澤さんからスッと手を差し出される。何かをされた訳でもないのに条件反射で体が強ばった。
「……………」
「もし、嫌じゃなければ…ですけど」
苦笑する鷺澤さんの手を見つめる。私は緊張でごくり、と生唾を飲み込んだ。
「嫌なんて思いません」
引き攣る顔をなんとか笑顔で持ち堪え、その手を握った。
「こちらこそよろしくお願いします」
「有難う」
彼は嬉しそうに笑んだ。
「あ、敬語も出来れば無しで」
「!…うん、わかった」
「あと、名前で呼んでもいいかな」
「名前…」
「僕のことも累でいいから」
「じゃあ…よろしく、累。」
「こちらこそ、詩遠。」
握手した手を離すと彼は椅子から立ち上がる。
「それじゃ」
彼は軽く手を挙げ、去って行った。
「…ふぅ」
私は一気に緊張が解けた。
「(手汗、大丈夫だったかな。はぁ…握手くらいで怖がってどうするの。やっぱり…慣れるなんて無理なのかな…)」
微かに震える手をもう片方の手で押さえ、椅子から立ち上がって、お店を出た。
✤ ✤ ✤
「おい、こっちはもう片付いたぞ。窓の方はどうだ」
「磨き終わりました!」
「(大掃除?…もしかして誰か二階に引っ越して来るのかな?)」
アパートに戻ると、何やら上が騒がしかった。私は二階に上がり、みんながいる部屋に近付いた。
「あの、掃除ですよね?
何かお手伝いしましょうか?」
「おうお帰り!でももう粗方終わったから」
見ると空き部屋の掃除をしている。
やはり誰か入るのだろう。
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