第5章 首相の苦悩-トモダチ-
「新しい入居者ですか?」
「入居者…には変わりないんだけど…」
「?」
尾崎さんは言葉を濁す。
「そこに引っ越してくるのは例の首相の息子だ」
「…首相の息子さんが?」
つい今し方、その彼のことを累と話したばかりだ。私が言葉に詰まっていると、朱鷺宮さんが大きな溜め息をついた。
「まぁ何と言うか…保護という名の見張りというか、見張りという名の隔離というか…」
食事を済ませた後、みんなをそのままホールに残して朱鷺宮さんは語り始めた。
「鵜飼首相の息子…昌吾君が稀モノで自殺を図ったのはもう知っての通りだ。先に隼人達には話したが、彼は…──自分で自分の首を絞め殺そうとした」
「っ!」
ドクンッと心臓が嫌な音を立てた。
「(自分で首を…)」
その姿を想像してしまった。
「ただ、ある意味では…彼は運が良かった。自室でネクタイを首に巻いて、窒息寸前のところをお茶を運んできた女中が見つけた。そして傍らには読みかけの本が落ちていた──笹乞藤一郎の本だ」
「(気持ち悪い…)」
目を瞑り、喉奥から込み上げる嗚咽感に堪える。
「立花、具合でも悪いのか?」
「あ、だ…大丈夫です!」
私の様子に気付いた尾崎さんに声を掛けられ、心配をかけまいと慌てて否定する。
「本当ですね、顔が真っ青ですよ」
「少し休んだ方がいいんじゃないか」
星川さんと鴻上さんにも心配され、軽く頭を振る。
「少し驚いただけです。ご心配をお掛けしました。朱鷺宮さん、気にせず話を続けて下さい」
「…本当に大丈夫なのか?」
「はい」
安心させようと笑んでみるが、全員の心配そうな顔は消えない。もう一度、"大丈夫です"と云うと朱鷺宮さんは心配しつつも話を続けた。
「昌吾君本人も以来、大学…ああ、帝都大学の法学部なんだが、休みがちらしくてな。首相官邸となれば、やはり出入りする人間も多いだろう。そんな場所では心の傷が癒えにくいのでは、と思ったんだ」
「それは…確かにそうかも知れませんね」
「そんなわけで使用人を一人つけて、一時的に引っ越してくることになったんだ」
「…そういう事情でしたか」
「よろしく頼んだぞ、みんな」
next…