第5章 首相の苦悩-トモダチ-
「……………」
鷺澤さんは驚いたように私を見た後、ふっと表情を柔らかく崩して言った。
「貴女は優しいんですね」
「!」
「そんなこと言ってくれる人は初めてです。では聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「どうしてこの仕事を?」
期待に満ちた目で問われ、早速困ってしまう。
「(選択をミスった…)」
せめて"答えられる範囲であれば"って付け加えるべきだった。今度は笹乞さんの時のように深く喋り過ぎないようにしなくては。
「…実は最近まで稀モノの存在を知らなかったんです。本を読んだ人が自殺するってことも…知らなくて…」
「え!」
「私は何も知らないんです。だから現実から目を背けない為にも"知ること"が必要だと思ったんです」
逃げてばかりじゃ駄目だ
何も知らなければ何も分からない
だから知る努力から始めてみた
「稀モノに関してもそうです。救わなければと思ったんです。その本が稀モノだった所為で、自らの手で命を遂げてしまった。そんな最期は…悲しいじゃないですか」
「……………」
「そんな被害者を出さない為に今の仕事を選んだんです。大切な人を失うのは…死よりもきっと、辛くて苦しいことだと思うから」
「そんな悲しい顔しないで下さい」
「!」
「せっかく可愛い顔をしてるのに」
「あは、はは…有難う、ございます…」
どう返していいのか分からず、困ったように笑う。
「それにしても稀モノを知らないなんて驚きました。立花さんは何処かの華族令嬢ですか?」
「…一応、華族の出ではありますが…実は今の家族とは血の繋がりはないんです」
「え?」
「両親は事故で亡くなってしまって、今の方が自分を引き取ってくれました。ですから『立花』も本当の性ではないんです」
私の実の両親は私が高校生の時に交通事故で亡くなった。相手の脇見運転だったらしい。その後は親戚の家にお世話になって、成人を迎えた日に一人暮らしを始めた。
「そうだったんですね…ご両親を亡くされて…お辛いでしょう」
「それでも立ち止まるわけにはいかないんです。どんなに辛くても、どんなに悲しくても、しっかり自分の足で前に進まないと」
「強いんですね、立花さんは」
.