第5章 首相の苦悩-トモダチ-
「もちろん、他の人は気付かなかったのかも知れない。でも、怖かったり、関わりたくなくて無視した人もいるんじゃないかな」
「…中にはそういう人もいるかも知れませんが…」
「それともやはり、僕なんかと相席は嫌でしょうか」
「そんなことないです。では…お言葉に甘えて飲み物を一杯だけ」
「本当ですか!」
ぱっと顔を綻ばせ、鷺澤さんは給仕に相席の旨を伝えた。窓際の席に通され、私達は向かい合って座る。
「何でも好きなものをどうぞ」
「はい。でもあの…本当に飲み物だけで結構ですから。食事の方のお金は自分で払います」
「遠慮しなくていいんですよ?」
「そのお気遣いだけで充分です」
「…分かりました。貴女は謙虚な女性なんですね」
食事を待つ間、向かい側に座る鷺澤さんを見ながら私はふと気付く。
「(さっきあれだけ近付かれても平気だった。前よりは多少、慣れてきたのかな…)」
「あれ?そう言えばまだお名前ってお伺いしてないですよね?」
「あ、そうでしたね!私は立花詩遠です」
「改めまして、鷺澤累です。よろしくお願いします」
「(確か鷺澤さんは帝都大学の医学部だったっけ。お医者様になるんだ、凄いな…。)」
「それにしても…昨日は僕も本当に驚きました。まさか自分が巻き込まれるなんて」
「大学ではそんなに噂が広まっているんですか?」
「うーん…もちろん僕は全員と知り合いってわけじゃないですけど、教室とかでは割と耳にしますね」
「そうなんですか…」
「やはり、鵜飼君…ああ、首相の息子さんの一件が大きかったと思います」
「…それはそうでしょうね」
そこで、給仕さんが食事を運んできた。鷺澤さんは馥郁とした香りが漂う珈琲を一口飲み、周囲を覗うように視線を巡らせた。
「…ここだけの話なんですが、実は、自殺者は毎年出るんです」
「え!?」
「ほら、帝都大学は一応、この日本で一番の大学と言われてるじゃないですか。…あ、いえ自慢してるわけではなく、一般的な評価として」
「まぁ帝都大学は有名ですよね」
「それで勉強とか、将来のこととかで思いつめてしまう生徒がいるみたいなんです」
「…それは、悲しいことですね」
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