第5章 首相の苦悩-トモダチ-
「本当に美味しそうだ。早速いただこう」
「お口に合うといいんですが」
元の世界でも作ったお菓子を友人に振る舞うことはあった。でも成人男性に自分の作ったお菓子を食べてもらうのは初めてで、私は不安そうに紫鶴さんの様子を見守る。
彼は柔らかい抹茶色のスポンジケーキをフォークで切ると、その上に生クリームを乗せて口に含んでから言った。
「旨い!プロの菓子職人より、菓子店より!」
「あ、有難うございます…」
「頬がとろけ落ちる程の旨さだ」
「そこまで褒めて頂けるなんて…」
尾崎さんとはまた違った意味で、紫鶴さんも手放しで褒めることがある。
褒められたら──嬉しくないわけはない。けれど、少し気恥ずかしさが先に立つ。
「毎日こんなのが食べられたら幸せだろうなぁ」
にこにこと子供のような笑顔ではしゃいでいる紫鶴さんを見て、ふと思い出す。
「(そう言えば、朝はここでみんなに会ったことがない…?)」
私は紫鶴さんに聞いてみることにした。
「…あの、他の方って朝はどうしてるんですか?昼と夜は仕事上、外食が多いようですが」
「朝も殆ど外だよ」
「やっぱりそうなんですね」
「お姫様は違うけどね、ちゃんとここで朝食を作って食べてるよ。あとは坂の下にさ、安くて朝からやってる定食屋があるんだよ」
「そうなんですか」
「隼人と滉と栞も大体そこだね。翡翠は時々パンを焼いたりお粥炊いたりしてるみたいだけど。ああ、それにしてもこのスポンジケーキ、本当に甘くて美味しいなぁ」
「良ければ、お菓子を作った時は紫鶴さんの部屋に届けましょうか?」
「え」
「そんなに美味しそうに食べて頂けると私としても本当に嬉しいです。甘さは控えめに作りますけど如何ですか?」
「うーん、言ってみるものだな…ああでも、そんなことしたら彼等に嫉妬されてしまうかな」
「?あの…無理にとは言いませんが…」
「全然、無理なんかじゃないさ。せっかく君が僕の為だけに作ってくれるんだ。もちろん食べるに決まってるじゃないか」
「(別に紫鶴さんの為だけにお菓子作るんじゃないんだけど…)」
「なんだか得した気分だなぁ」
「(言えない…。)」
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