第1章 空の瞳の少女-トリップ-
「断ったけどね」
「…然様で御座いますか」
「おじい様には申し訳ないけど」
「お嬢様がお決めになられたのなら、私共は何も言いません。旦那様もお嬢様のご意見を尊重したいはずです。政略結婚はさせませんよ」
「それはいくら何でも断るなぁ」
私は苦笑する。また外に目を向け、夕暮れに染まる空を眺めた───。
✤ ✤ ✤
「お嬢様!料理なら私共が致します!ですから包丁は置いて下さい!お怪我でもされたらどうするのです!」
「大袈裟だよ」
「大袈裟なものですか!お嬢様に何かあれば旦那様は仕事を放り出して意地でもお嬢様のお傍から離れませんわ!」
「うーん…」
「それだと私共も困るのです!泣き喚かれると面倒ですわ!うるさいのは壊れた玩具だけで結構です!」
「(壊れた玩具扱い。自分達の雇い主に対して酷い言い様…可哀想なおじい様。)」
「さぁ!お嬢様!」
「ハイハイ、包丁は置きます」
帰宅後、夕飯を作ろうと台所に立って食材を切ろうとしたのがまずかった。そこを通りかかった女中達が目敏く見つけ、私を台所から追い出そうとしている。
「私共の目を盗んで料理をしてはいけません。指を切ったらどうするのです。せめてコップに飲み物を注ぐだけにしてください」
「な、何もそこまで…」
「お嬢様は何もしなくて良いのです!」
「(過保護すぎる…)」
そうしている間に使用人達がテキパキと夕食の支度を始めている。
「じゃあ部屋に戻るけど…」
「ご用意が整いましたらお呼び致します!」
「うん、お願いね」
「あ、お嬢様。食後のデザートは如何致しましょう?」
「雨月堂で買ってきたエクレアでいいよ」
「かしこまりました!」
台所から出ると手際の良い使用人達が効率よく俊敏に動き回っている。
「(これでも料理は得意なんだけどな。)」
二階へと続く階段を上がり、自室に戻る。
「そうだ、明日はウエノ公園に行って読書でもしよう。花を眺めながら読んだり、持ってきたお菓子を食べながら読むのも良いな」
甘党の私は、雨月堂のエクレアが好きで、よく女学校の帰りに立ち寄ったものだ。
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