第39章 生まれた意味-クロエ-
すると長谷君の視線が一瞬だけ、私から外れた。その隙を狙って私はナイフをきつく握り、長谷君に向けて振り切った────と思った…。
「…………っ!?」
目の先を振り切ろうとしたと同時に、顔の前に突きつけられた銃───。
振り切ろうとしたナイフは長谷君の顔の横でピタリと止まる。
「僕が何も対策をしてないと思ったかい?」
「………………」
「まさかお前が僕を脅そうとは。念のために用意しておいて良かった。銃とナイフ、果たしてどちらが早く人を殺せるんだろうな?」
ドクンッと心臓が急速に脈打つ。
「………………」
「僕が引き金を引けば、確実にお前の頭を撃ち抜く。即死だ。お前は死を想像したことはあるか?」
「……ないよ」
「僕はある」
「!」
「妹が死んで世間から非難され、居場所を失った僕は死を選ぼうとした。だがあいつらの為に死んでやるのはどうしても悔しくてね、死に切れなかったと言うわけだ」
「……………」
"タスケテ"
「!」
その時、頭の中で声がした。少女のように愛らしい声の持ち主が、必死に私に訴えている。
"お兄ちゃんを助けて"
「!!」
10歳にも満たない女の子の姿が脳裏に浮かんだ。その姿を見た私は驚いた。そして…長谷君がここまで私に執着する理由がやっと分かった。
「(長谷君…君は私を───)」
「怖くて声が出ないか?」
「………………」
「もう一度聞こう、詩遠」
彼は銃を突きつけたまま、私に問い掛ける。
「僕と一緒に帰る気はあるか」
銃を突きつけられて怖いはずなのに…どうしてだろう。彼を救いたい一心で、恐怖なんか微塵も感じない。だから救わなければ。
「さっきも言ったよ。私はこの世界で生きる。大切な人がいるこの世界に残る。君と一緒に元の世界に帰ることはできない」
「…そうか」
目の前の銃が額に押し当てられる。
「どうしても僕を置いてあの男と幸せになる道を選ぶんだな。やはり誑かされたか」
「違う。隼人はそんな人じゃない」
「いい加減目を覚ませ。あの男はお前を幸せになどしてくれない。それとも…尾崎隼人ならば、お前の全てを受け入れてくれると本気で思っているのか?」
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