第39章 生まれた意味-クロエ-
「こんなことをしても誰も幸せにならない。君の妹さんだって…君が悪い事をするのは望んでないよ」
「!」
『お兄ちゃん』
一瞬脳裏に妹の顔が浮かんだ。
「だからもう…やめよう?」
「……………」
「長谷君、お願い…」
刺激しないように優しく問いかける。長谷君は顔を俯かせたまま、低い声で言った。
「そうだな…総て終わりにしよう」
「!」
長谷君は何かを私に投げて寄越す。目の前に落ちたそれを見た私は心臓が恐怖で跳ね上がる。
「黒い本…」
「読め」
「え…?」
「お前が鳥籠を壊してでも逃げ出すというなら…僕はお前と共に地獄に落ちる」
「!」
「お前が二度と幸せを望めないように、二度とあの男に会いたいと願わないように、地獄という名の鳥籠の中に永遠に閉じ込めておこう」
「長谷く…」
「そうすればお前はずっと僕の傍にいる」
彼の愛は異常だった。そこまで長谷君が私に執着する理由は何?彼の眼に…ちゃんと私は映っているの?
「─────」
「!」
聞き取れない程の小さな言葉で長谷君が何かを呟いた。けれど私にはその声がハッキリと聞こえ、彼が呟いた言葉に目を見開いた。
「長谷君、君は…」
「さぁ、早く読め。でないと…クロエを緊急停止させるぞ」
「!?」
「選べ詩遠。僕はどちらを選択しても構わない。ただ…選ばなかった方は犠牲になるだけだ」
「詩遠、読んではダメです」
「……………」
私は目を瞑り、一呼吸をする。
『貴女はとても優しい人よ』
『何か困っているなら僕が手伝おう』
『私モ貴女と出会うことガ出来て幸せでス』
私はいつも助けられてばかりだ。落ち込んでいた時に励ましてくれた親友、困っていると必ず手を差し伸べてくれた友達、私との出会いを幸せだと涙を流しながら言ってくれた友達。
「(だから今度は…)」
「詩遠…?」
本を手に取り立ち上がった私に、クロエが不思議そうな声で名前を呼んだ。長谷君はじっと私を真っ直ぐに見つめている。
「(絶対に諦めない。)」
隼人との約束が、私を強くさせた。
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