第39章 生まれた意味-クロエ-
「瑞希としての記憶が無いから何だって言うの?私は今の君を好きになったの。『クロエ』の君を好きになったんだよ!」
「詩遠…」
「大事な友達なんだよ…!」
「とも、だち…?」
「クロエがいなくなったら…寂しいよ。これからも君はずっと私の友達でいるの!勝手にいなくなったら怒るから…!」
「それハ…絶交、というヤツですカ?」
「そうだよ、絶交だよ。私に気を遣って瑞希として生きようと思ってるなら…やめて」
「ドウしてでスか?」
「さっきも言ったでしょう。私は今のクロエを好きになったって。その…瑞希として重ねて見ていた事はごめんなさい。でも今は違う。ちゃんとクロエとして君を見てる」
「私トして…」
「私ね、クロエと過ごす時間が楽しいの」
「楽しイ?」
「長谷君がクロエを造った時、君に瑞希としての記憶と全ての感情が無い事を知った。空っぽの状態で生きる君を私は可哀想だと思った」
初めて会ったクロエはまるで人形のようだった。長谷君の指示が無いと全く動けなくて、表情が一切変わらない。どこかぶつけても痛いと言わなくて、泣きもしない。そんな彼女を可哀想だと思った私は…ただ笑ってほしかった。
「色んな場所に連れ出して、色んな感情を知っていけたら君の見る世界はもっと広がる。楽しい事も面白い事も幸せな事も全部、私がクロエに教えてあげたい」
そっとクロエの手を握る。
「君に出会うことができて幸せだよ」
満面の笑みを浮かべてクロエに伝える。
「生まれてきてくれてありがとう」
「─────」
どんな言葉にも表情を変えなかったクロエが、驚いたように目を見開かせた。
"生まれてきてくれてありがとう"
「っ………?」
ポタッとクロエの目から何かが零れ落ちた。
「!」
私は驚いて彼女を見る。
クロエは──泣いていた。
「馬鹿な…機械が涙を流すなんて…」
長谷君も涙をポロポロと流すクロエを見て驚きを隠せずにいる。機械人形に心は無い。故に感情は存在しない。
「?これは…何ですカ?」
泣くのは初めてなのだろう。潤んだ目から溢れる"それ"にクロエは戸惑っている。溢れる涙は頬を伝い、地面に落ちた。
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