第39章 生まれた意味-クロエ-
「(多分まだ仕事中だろうな…)」
立花家に電話すると珍しく誰も出ない。
「(あ、留守電に繋がった。)」
むしろ出てくれなかった方が助かった。電話越しとは言え、おじい様にお礼を伝えるのは少し恥ずかしかった。
結局、留守番サービスに繋がり、私は録音を残す事でおじい様に今までの感謝を伝える事にした。
「こんばんは、詩遠です。お仕事中にごめんなさい。実は伝えたい事があるんです。…家族が見つかりました。なので立花の家を出ようと思います。それと急なのですが…これから家族と一緒に船に乗って海外に行く事になりました」
嘘ばかりを並べる自分に心が痛んだ。もちろん家族なんて見つかってない。だって私の本当の両親は既に事故で他界している。それでももう、立花家に戻れないから、嘘を重ねるしかなかった。
「行き先は聞いていないのでお伝えする事は出来ません。…私、嬉しかったです。立花家の人間として生きられて。私を本当の家族として迎え入れてくれて…本当に嬉しかった」
今までの思い出が甦ってきて、涙が溢れそうになっているのが分かる。
「おじい様、貴方は私の命の恩人です。血の繋がらない私を本当の孫のように接してくれた。使用人のみんなも…とても優しかった。出て行くのを躊躇うほど…立花の家が好きでした」
立花家に拾われていなければ
あの時迎えに来たのがおじい様じゃなかったら
今の私はこの世界で生きられなかった
「私、幸せでしたよ、おじい様。とても充実した毎日を過ごせました。本当に有難うございます。この御恩は一生忘れません」
震える声に気付かれないように必死に明るく振る舞う。
「私個人で買った物は処分して下さって構いません。どうかこれからもずっとお元気で。」
長いメッセージを録音に残し、受話器を置く。
「……………」
"泣いちゃダメだ"──そう自分に言い聞かせ、別れの挨拶を告げた私はアパートを出る。
外は不気味な程、濃い夜に染まっていた。
「…黙って行くのは忍びないけど」
仲間と共に過ごしたアパートを見上げる。私は肩に掛けたショルダーバッグの紐をギュッと握り締め、地面に視線を落とす。
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