第37章 濡れそぼる雨-アヤマチ-
「こんな所でお会いできるなんて光栄です」
「貴女のような可愛らしいお嬢さんに私の小説を読んでもらえてるなんて嬉しいわ」
「あの…お邪魔でなければ、ほんの少しだけお話してもいいですか?」
「えぇもちろん。ファンは大事にしなきゃね。向かいの席にどうぞ」
「有難うございます」
私は彼女の好意に甘えて話をさせてもらえることになった。
「あの…先生は作家になる前、新聞記者をしていたんですよね?」
「そうよ、帝都新報に勤めていたわ」
「私の友達の先輩も帝都新報で働いているんです」
「そうなの。いいわよ新聞記者、やり甲斐があるもの。でも私は途中退社して、小説家の道を選んだんだけどね」
「何故、お辞めになったんですか?」
すると先生は、優しそうな瞳を悲しげに揺らして、読んでいた本に視線を落とす。
「…昔の事件が切っ掛けなの」
「昔の事件?」
「あれは…5年前だったかしら。当時13歳の男の子が誤って妹を殺してしまうという残酷な事件が起きたの」
「え…!?」
「仲が悪かったわけではないのよ。でも彼は…自分のせいで妹を殺してしまったと思い込んでる」
「そんな事件が…。凶器は…何だったんですか?」
すると彼女の口から驚きの言葉が飛び出した。
「焼身自殺よ」
「え?」
「今世間を騒がせている『炎の怪人』がいるでしょ?"本が人を殺す"。そんな事件が…5年前にも起こったのよ」
「!?」
「彼は小説が好きな妹を喜ばせようと自ら筆を握り、物語を書き綴った。でも書いているうちに…まるで何かに取り憑かれたかのように豹変して、一心不乱に物語を書く事を辞めなかったそうよ」
「まさか…」
「そして物語は完成した。彼は自分が書いた小説を妹に読ませた。でも…本を読んだ妹の様子がおかしい事に気付いたの」
「……………」
「突然、妹の体は炎に包まれた。驚いた彼は彼女を助けようとしたけど…間に合わなかった」
「(稀モノの犠牲者…。)」
「そして奇妙な本のせいで彼は世間から強いバッシングを受け、学校にも行く事が出来ず、両親は精神的なショックから共に首吊り自殺を謀ったわ」
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