第37章 濡れそぼる雨-アヤマチ-
濡れたシャツ越しに彼の肌の熱さが伝わってきて、私は昨夜を思い出さずにはいられない。
「…決して困らせたいわけじゃない。それくらい俺はあんたが好きなんだよ。こんなふうに…一晩も経たないうちに、欲しくて仕方なくなるくらいに」
重なる彼の唇は雨の匂いがしていた。ここで触れた瞬間には冷え切っていたそれが、今はもうすっかり熱い。
「……お前は?こんなふうに欲しがるのは…俺だけ?お前は俺のこと欲しいと思ってくれないの?教えてくれないと…意地悪するよ?」
「…もう…してる…」
「これ以上にもっと大胆で恥ずかしいやつ」
「………………」
「それとも…意地悪されたい?」
「……思って……る……」
また、彼の我が儘が始まってしまった。
足りないらしい。まだまだ望むらしい。
「本当に?俺のことが欲しくてたまらない?」
「……本当に」
けれど恐ろしいことに、その我が儘は私にも伝染するらしいのだ。
私はまた一つ気付いてしまった。誰かを好きになると───どうしようもなく欲深くなることを。
「……───じゃあ、またご褒美ちょうだい?」
そうして微笑んだ彼は、顔を紅潮させる私の唇に自分の唇を重ねた────。
✤ ✤ ✤
「(…こんな時は、お菓子でも作ろう。)」
お風呂から上がってもう一時間以上経つというのに、私の心臓はまだ速かった。
大鍋でぐつぐつ煮込まれて骨まで溶けたように全身に力が入らず、火照りも引かず、頭の奥も痺れている。
「(いや…流し台でも磨こう。)」
誰かの体温に溶かされる感覚を、私は知ってしまった。離れがたいという言葉の意味を、理解してしまった。
「(流しを磨き終わったら次は鍋を…)」
ただその愚かな貪欲さは
そのまま私を強くもした。
どんな不安も恐怖も、彼の存在があれば乗り越えられる気がしていた。
「あ、いたいた」
「…は、隼人!」
「考えてみたら俺、夕飯まだで。夜鳴き蕎麦行こうかなって思うんだけど一緒にどう?」
その言葉に、私は自分も空腹であったことを思い出す。
「ご一緒しようかな」
「よし、じゃあ行こう」
「ちょっと待って!今、この流しを…」
パタパタッ
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