第36章 ご褒美の味-シアワセ-
「隼人……っ」
自分以外の体温が、触れる重みが、こんなにも愛しく思えるものだと今夜まで知らなかった。
身体と身体がこんなにもぴったりと重なっているのに、彼の熱さは決して不愉快なものではない。
あの男とは比べ物にならない程、優しい心地良さだ。
「…伝わってるかな、俺が…どれだけあんたのこと…好きか…欲しいと思ってたか…ちゃんと伝わってる?」
私を数え切れないくらい抱きしめ、口付けておきながら彼はまだこんなことを言うらしい。
「伝わっ…てる…」
「本当に?なら…出来ればあんたも同じくらい…俺のことを好きになって…同じくらい…欲しがってよ」
彼は我が儘で、欲深い。
私は必死に応えているつもりなのに、まだまだ足らないらしい。もうどうすればいいのか───分からない。
「愛してる……っ」
その言葉に涙が溢れそうになる。
「俺もお前の前から絶対に消えない。だから…お前も絶対に俺の前からいなくなったりするな…っ」
甘く熱い彼の声が鼓膜に突き刺さる。
彼のこの声を───私は死ぬまで忘れないだろうと思った。
✤ ✤ ✤
「…ん…?」
背中や腕に、ふと快い温かさを感じて私はぼんやりと目を開けた。
「(あ……っ)」
昨夜の事態を思い出し、私は小さく身動いだ。
「(そうだ、私…。)」
そっと後ろを振り返ろうとしたその時。
「…ん?あれ起きた?おはよう」
「!?」
そのまま後ろから更にきつく抱きしめられ、私はつい狼狽えてしまう。
「お、おはよう…」
「よく眠れた?」
「…恐らく」
「俺は最高によく眠れたよ。今までの人生で一番満ち足りた睡眠だった…でも、今日の太陽は今までの人生で一番嫌いだ」
「…どうして?」
「だって朝が来た以上、もうすぐ起きなきゃいけないだろ。そうしたら…こんなふうに抱きしめていられなくなるじゃん?」
「!」
「…仕事は好きだよ?ただそれとこれとはまた別でさ。…ああ、俺が二人いればなぁ」
「(ふ、二人…)」
「そうすればもう一人の俺が仕事に行って…いや、やっぱり駄目だ。両方の俺が…あんたと離れたくないって駄々をこねる」
彼はそう言って私の首筋に唇を押しつけた。
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