第35章 呪縛の炎-ケイコク-
「──なんて気味の悪い。」
「っ!!」
その言葉に私は空色の瞳から涙が溢れた。首に忌々しく残る跡。それは───あの日、ストーカーによって締められた手の跡だ。私はそれを隠す為に今までずっと人前でストールを外さなかった。
「(見られた…気持ち悪いって…)」
恐怖で体が震え続け、涙が止まらなかった。そんな私を軽蔑するかのような眼差しで隠さんは冷たく見下ろす。
「(私は…気持ち悪い───)」
「どうやら君は知り過ぎたようだ」
そう言って私に歩み寄った彼の手が───首に伸びた時だった。
「あああー!何ですかこれは!?」
「!?」
雉子谷さんのその声に、私は安堵の余り倒れ伏しそうになった。隠さんの手も私の首に触れる寸前で止まり、ゆっくりと立ち上がって離れる。
「油を零したんですね!?早く掃除しないと!」
言ったそばから雉子谷さんは雑巾を掴み、床に広がった油を拭っていく。
「ここは私が片付けておきますから、立花様はどうか着替えてきて下さい!」
「あ、有難う…ございます…」
首の跡を見られないように制服を手前にぐっと片手で寄せ、ぎゅっと握り締める。
「珍しいですね、立花様がこんなうっかりを」
「………………」
最早、事態を説明する気力もなく、今は一刻も早く首筋の跡と涙で濡れた顔を隠したくて下を向いて立ち上がる。
「大変そうですね、雉子谷さん。
私もお手伝いしましょうか」
「いえいえ、これくらい私だけで大丈夫ですから」
「…そうですか。
では私は仕事に戻ります」
隠さんはそのまま足早に地下を降りてゆく。
「…き、雉子谷さん。それでは申し訳ありませんがよろしくお願いします」
「お気になさらず」
私が頭を下げ、お風呂場に向かおうとしたその時。床に落ちている小さな箱が目に留まった。
「(え……)」
私は咄嗟に『それ』から目を背けた。油に濡れた手で、それに触りたくなかった。
「(まさかコレで私を…)」
ぞわりと背筋が凍る。
「っ…………」
きっと誰かが拾い、落とし主を探すだろう。
────そう、落とし主を。
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