第35章 呪縛の炎-ケイコク-
「…それは可哀想に。一体誰だろうね。そんなに油まみれになってしまって…もし何かの火が燃え移ったりでもしたら大変だ」
「!?」
「火傷で済めばいいが……────」
「…………っ」
得体の知れない恐怖に、指一本動かせなかった。立ち込める不愉快な油の臭いに呼吸すら躊躇われ、息苦しさが増していく。
「あ、あの…隠さ…」
「今、そこにマッチを落としたら…君は炎の中でどんな顔をしてくれるんだろうか」
「じょ、冗談…ですよね?」
「冗談?」
「も、もう…あはは…悪ふざけはやめて下さい。本当にマッチなんて落としたら私、死んじゃうじゃないですか…」
動機が激しく、心臓の音が煩い。
「…君は───いつから私をそんな目で見るようになったんだろうね」
「え…?」
「この間までは普通に接してくれていたのに、今の君は私に怯えているみたいだ。そう…葦切君の事件があった日から」
「っ………!」
彼の鋭い指摘に顔を強張らせる。
「な、何を言って…」
「本当は犯人が誰か知ってるんじゃないか?」
「っ…いいえ…知りません」
「そうだろうか?君は自分では気付いていないかも知れないが…とても顔に出やすいよ」
「そ、そんなことは…」
背中に伝う汗が止まらない。油で濡れた手が思わず茜色のピアスに触れようとする。
「君は嘘をつく時、ピアスに触れる癖があるようだね」
「!?」
「今も、無意識に触れようと手を伸ばそうとしただろう?」
「………………」
駄目だ。全部見透かされてる…。
「それと…気付いているかい?さっき足を滑らせて転んだ拍子に…首に巻いてたスカーフが解けて床に落ちているよ」
「!?」
咄嗟に首に手を伸ばす。そこに巻かれているはずのスカーフがない。慌てて視線を床に向けると油に濡れたスカーフが落ちている。
「あっ………」
途端に体が震え出す。
「まさかスカーフの下に…そんな“跡”があるとは驚いたよ。はっきり残っているじゃないか────首を絞められた手の跡が…。」
「やだ…見ないで…」
体を縮こまらせて頭を抱える。
.