第34章 彼女の提案-ヨワムシ-
アパートに戻り、台所で3人分の紅茶とクッキーをお盆に乗せ、ツグミちゃんの部屋を訪ねる。彼女は快く、迎え入れてくれた。
「こんばんは。美味しい紅茶とクッキーを持ってきたんです。一緒に食べませんか?」
「詩遠ちゃんの焼いたクッキーとても美味しいのよ。小瑠璃ちゃんもきっと好きになるわ」
「…有難う。遠慮なく頂くわね」
まだ少し元気のない柾さんは力なく笑んだ。今夜はリラックス効果のあるハーブティーにした。そこに蜂蜜を加え、混ぜ入れる。
「…本当に美味しくて体が温まるわ。クッキーも甘さは控えめだけど優しい味がする」
柾さんは涙の残る表情で微笑む。
「詩遠ちゃんは何処かに出掛けてたの?」
「うん、昔の友達に会ってた。久しぶりに再会したから話し込んじゃって」
「立花さんのお友達ってどんな子?」
明るく振舞おうとしているのか、彼女はまだ無理しているように思える。私はそんな彼女に少しでも元気になってほしくてクロエの話をした。
「とても優しい子ですよ。ただ…生まれた時から心の病を患っていて、感情を顔に出す事が出来ないんです」
「心の病を…?」
「感情の起伏が無いと言いますか…全ての感情が欠落しているのでずっと無表情なんです」
「じゃあ…泣くことも笑うことも出来ないってこと?」
「うん。だから私は彼女を外の世界に連れ出して、いろんな感情を芽生えさせてあげたいの」
「そうなのね」
「その子の病は…治るの?」
「分かりません」
今はそれしか言えなかった。
「でも…知ってほしいんです。世界は不平等で不完全だけど、それ以上に希望や幸せで満ち溢れているということを…心で感じてほしい」
「貴女の思い、彼女に伝わると良いわね」
「きっと伝わるわ。だって詩遠ちゃんの見てきた世界だもの。心の病を患っていたって、詩遠ちゃんの気持ちをその人も感じているはずよ」
「有難う」
二人の言葉が優しくて、私は嬉しさで涙が溢れそうになった。
「詩遠ちゃん。さっきね、小瑠璃ちゃんに昨夜の話をしたの。葦切さんも関わることだったから…」
「そっか…うん、柾さんには聞く権利がある」
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