第32章 失われた証拠-ヤキモチ-
少し経ってから通りに出ると、もう百舌山さんと累の姿はなかった。
『是非、君を研究してみたいと思っているんだよ』
「……嫌な人」
生理的な嫌悪感がまた込み上げてくる。
「累が言うように、もう絶対近付かないようにして…忘れてしまおう」
また見つけます、という朝の意気込みも虚しく、今日も見つからぬまま陽が沈む。
「(そろそろ…元に帰る方法を探さなきゃな。)」
結局、その日はめぼしいものには出会えなかった。アパートに帰り、私服に着替え、台所に立つも、何も作る気にはなれず…。
「(…夕飯、どうしよう。)」
なんだか食欲もない気がする。最悪、この間作ったオレンジのクッキーでも食べて過ごそう。
「ああ、やはりここにいたんだね」
「隠さん…」
「良かった、会えて。もう一度、今朝のことを謝りたくて捜していたんだよ。せっかく君が見つけてきたのに私の独断で本を燃やしてしまって本当に済まなかった」
「いいえ、隠さんにお怪我がなくて良かったです。本のことは確かに残念ですが、それで誰かが傷付かずに済みました。有難うございます」
「私を責めないのかい?」
「責めませんよ。それとも小姑のようにガミガミ責めて欲しいですか?」
「はは、遠慮するよ。そうだ、ツグミ君のマーマレードを貰いに来たんだった」
「マーマレードですか?」
「彼女も私の食事のことを気にしていてね、マーマレードなら食べられるだろうと作っておいてくれるんだよ」
そう言って隠さんは冷蔵庫を開ける。
「おや…これは…?」
「紅茶プリンです。冷蔵庫で冷やしておいたのですが丁度食べ頃ですかね。良ければお一つ如何ですか?」
「いいのかい?」
「甘さは控えめにしてあるので食べ易いと思います。味は保証しませんが」
「君の作るお菓子は絶品だよ。本当に君は料理が上手だね。有り難く頂くよ」
「どうぞどうぞ」
嬉しげに微笑まれ、私もつい笑顔になる。
「じゃあ、失礼するよ」
マーマレードと紅茶プリンを持って、隠さんは立ち去った。
「…カプレーゼ作ろうかな」
仕事帰りに立ち寄った近所の八百屋さんでモッツァレラチーズとトマトとバジルを購入した。
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