第32章 失われた証拠-ヤキモチ-
「…鷺澤君。君が彼女と知り合いだったとは」
「以前にちょっとしたことで助けてもらったんですよ。それよりも教授のような厳格な方でも、白昼堂々と女性を口説いたりするんですね、驚きました」
「……くっ」
「でも、無理強いは良くないと思いますよ?個人の意見と人権は尊重しないと。彼女、こんなに躯を震わせて怖がってるじゃないですか」
「(助けてくれた…?)」
「では失礼します」
累は私の背中を抱き、足早に遠離る。
そうして少し歩いた後、路地裏に曲がった。
✤ ✤ ✤
「ごめん、馴れ馴れしい真似をして。でもこれが一番手っ取り早いかなと思ったんだ」
ぱっと回していた腕をほどき、彼は頭を下げる。
「…助けてくれて有難う、累」
あの人に触れられた手が気持ち悪くて、逸る心臓の音がまだバクバクと音を立てている。けれど累には悟られないように上手く表情を作り、平然を装う。
「遠目でも君が逃げたそうに見えたから、ついお節介してしまって」
「どうしようか困ってたから」
「でもまさか、せっかくの再会がこんなことになるとは思ってなかったよ。今更だけど、久し振り」
「久し振りだね、累。元気そうで良かった」
「あの頭の怪我ももう治ったよ。ところで……────……教授と何かあったの?」
「ううん、大したことじゃないの。その、フクロウのことで…話したかったみたいなんだけど」
「そうなの?うーん…何のつもりだったんだろうなぁ」
累はほんの一瞬、通りを見遣り、そして───いきなり私に顔を近付けた。
「……一つだけ、忠告しておくよ」
「忠告…?」
「僕は自分の師事している先生を悪し様に言いたくはないんだけど…あの教授には悪い噂があるんだ」
「悪い…噂?」
「人体実験をしているそうだよ」
「!?」
「詳しいことは僕も知らないけど、でも何度か耳にしたんだ。……君がそんなものに巻き込まれたら辛い。だから、百舌山教授には絶対に近付かない方がいいよ。何をされるか……────分からないからね」
「………………」
「じゃあ、僕はこれから授業だから行くよ。仕事頑張って」
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