第32章 失われた証拠-ヤキモチ-
再び夢の背景が変わり、私の眼に映ったのは…
「事件でス」
感情の起伏が全く無く、ずっと無表情を貫いている私の友達・クロエだった。
心の病を患っているクロエは全ての感情を失くしてしまったため、泣くことも、怒ることも、喜ぶことも…笑うこともない。
そんな彼女は今、事件でス、と言って、目の前にあるカップのアイスをジッと見つめている。
「どうしたの?」
「アイスが溶けテます」
「……………」
「ナゼ、溶けるノですカ?」
「あー…あのね、クロエ。」
「?」
「アイスは食べないと溶けるんだよ。クロエ、さっきからずっと食べずに見てるだけだし…そりゃあ溶けるのは当たり前だよ」
「食べナいと溶けルのでスか?」
イマイチ理解してないクロエは無表情で、私とアイスを交互に見遣る。
「なるホど…アイスは溶ケる食べ物…」
「もう液状になっちゃってるよ」
カップの中で溶けたバニラアイスはドロドロしており、スプーンで掬うことは出来なかった。
「私のあげるから半分こしよ?」
「半分こ…」
その響きが気に入ったのか、キランっと目を輝かせた。それを苦笑しながら、私はスプーンでバニラアイスを掬い、クロエの口元に運ぶ。
「あーん」
「…アーン?」
ぱくん、とアイスがクロエの中に入る。もぐもぐと食べる姿はまるでハムスター。
「美味シいでス」
「良かった」
「アイスとは冷たクて甘いノですネ」
「今度は違うもの食べに行こうね」
「ハイ」
そしてクロエが口を開け、食べさせてくれるのを待っている。それを見た私クスッと笑い、再びその口にアイスを運んだ。
「楽しいね、クロエ」
「?」
「(そっか…"楽しい"はまだ分からないか。)」
「詩遠は楽しイですカ?」
彼女に聞かれ、私は笑う。
「うん。君と遊ぶのは楽しいよクロエ」
「良かったデス」
「これ食べ終わったらデパート行こっか」
「デパート…行ったコトがありまセン」
「きっと楽しいよ」
だからどうか……
私達の『秘密』に気づかないで───……
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