第29章 導火線-コウイ-
「隼人、話してくれて有難う」
「立花……」
隼人の目がほんの僅かに苦しげに細められ、その指が私の頬に伸びる。
その時────不意に誰かの足音がした。
「……やぁ、こんばんは」
「!」
「隠さん!こ…今晩は!」
「もしかして何か大事な話の最中だったかな」
「大丈夫ですよ、もう終わりましたから」
指先は触れてはいなかった。けれどどうにも恥ずかしくて、なかなか顔を上げられない。
何か話題を変え……あ!
「隠さん。今度またお菓子を作ろうと思うんです。もし宜しければ貰って下さいね」
「君は本当に作るのが好きだね」
「人の喜ぶ顔が見たいだけです」
ぱっと空気が変わり、私は安堵する。
「あのオレンジのクッキー、とても美味しかったよ。紅茶に良く合って食べやすかった」
「そう言っていただけて嬉しいです」
「クッキー作ったの?」
「うん。朱鷺宮さんにもお裾分けしたの」
「へえー」
「こんな私まで気に掛けてくれて本当に感謝してるよ。君は本当に優しいんだね」
「そうなんですよ、彼女すごーく優しくて笑顔が似合う最高の女性なんです」
「ちょ、ちょっと隼人…!」
「君はあれだね。見掛けに反して、自ら危険な道を突き進んで怪我をするタイプだろう?」
「え!」
「当たりかな」
「た、確かに…怪我は残りましたけど…でもこうして生きてますので…大丈夫です!」
「怪我したって…どこを?」
「…脇腹にほんの小さな傷跡があるの。あ、でも…!本当に分からない程度の傷ですから!」
「………………」
心配を掛けないように必死に弁解するが、隼人はじっと私を凝視めている。
「風呂ついでにクッキーのお礼を言いに来たんだよ、どうも有難う。また作ってくれると嬉しい」
「もちろんです」
「……………っ。……立花、そう言えば、剣道得意だって言ってたよな?練習とかしないの?」
「隼人!?」
いきなり切り出され、私は面を食らった。
「俺、付き合うからやろうよ」
隼人はにっこりと笑んで
ホールの出口を見遣った。
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