第29章 導火線-コウイ-
アパートに戻り、着替えてお風呂場に向かうとホールに隼人が独り立っていた。
ビリヤードの台に向かってはいるものの、手は全く動かない。近付くことを躊躇われる、何処か思いつめた眼差しだ。
「…あれ、いたんだ」
「う、うん」
結局、じっと凝視めているうちに気付かれてしまい私はゆっくり歩み寄る。
「何だよ、その顔。
今更、俺のこと警戒してんの?」
彼は笑顔を浮かべてはいるものの
心なしか声が重い。
「隼人」
「ん?」
「…何かあったの?」
「え」
「…気のせいだったらごめんね。
何だかいつもと違う気がして」
「…ははは!いつもって何だよ、いつもって。それじゃまるでお前が俺のことよく見てるって言ってるようなもんだぜ」
「え!」
「嬉しいこと言ってくれるじゃん。……でも丁度良かった。話しておきたいことがあったんだ」
「…私に?」
彼は小さく頷き、台の上の球を小さく転がす。
「立花はさ、すごく優しくて笑顔が似合う、最高の女性だと俺は思ってる」
「は、隼人?突然何……」
「だからさ…そんな立花の笑顔をなくさせるような話はしないでおこうって決めてたんだけど…」
「…何が、あったの?」
彼には珍しい歯切れの悪さに
私は反射的に身構えた。
「……あの、さ」
「……………」
「実は、さ。……───俺に妹がいたんだけど」
『いたんだけど』
その響きに、私は息を呑む。
「…稀モノが原因で、自殺したんだ」
「!?」
「ごめん、突然あんたにこんな話しして…。
でも…聞いて欲しいって思ったんだ」
「………………」
「俺は…妹が死んだ時、まだ稀モノのことなんて全然分かんなくてさ。最初はそんなこと半信半疑だったし、でも個人的に調べていくうちに色々情報も集まってきて。それで……────フクロウに」
「…そう、だったの」
「急にごめんな。でも伝えておくべきだと思ったんだ。あんたには何一つ隠し事したくない。……基本的に」
妹さんが稀モノの犠牲者だった。それは意味は違えど、私の友達も飛び降り自殺を図って死んだ。彼に、そんな過去があったなんて…全然知らなかった。
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