第28章 マーマレード-アサゲ-
「いや、一目惚れは嘘じゃないけど、実はもっと好きになった理由があって」
「?」
「あんたが真顔で、声を掛けてくる帝都大の学生達を片っ端から追い払う姿に感動した」
「え!?」
「覚えてない?噂になってたから、何度もあったはずなんだけど」
「…そんなことしてない」
「…ベンチでさ、隣に座っていいですかって聞かれたことなかった?」
「だって、隣のベンチも、その隣も空いてるんだからわざわざ相席する必要はないでしょう?」
「ソーダ水を飲みに行きませんかとか、映画に一緒に行きませんかとか言われたかった?」
「喉は乾いてないし、映画も殆ど見たものばかりだったから行く理由もないし」
「それを追い払うって言うんだよ、巷では」
「そ、そうだったの…」
「こればかりは立花の天然さに感謝するよ。お陰で悪い虫がつかずに済んだ」
「あの…ベンチの隣に座るって…そういう…」
「そうだよ。どれだけの男達が声を掛けても全然靡かず、質問も華麗にスルーされる。みんなが言ってたよ。あれが噂の灰被り姫だって」
「そもそも何でそんな渾名が付いたのか分からない…。ガラスの靴を落とした覚えはないのに、気付いたらそんな噂が広まってるし。でも決して意地悪をしたつもりはなくて…一応知らない人に声をかけられても安易に答えてはいけないって教わっていたから」
「そりゃそうだろ、華族のお姫様なんだし。だから声を掛けた奴らには申し訳ないがそれで良し」
隼人は満足そうに笑み、ご飯を口に運ぶ。
「…もしかして、だから隼人も私に声を掛けなかったの?」
「掛けて欲しかった?」
「………え」
逆に問い返され、私は考え込んでしまう。
女学校時代に、もしあのベンチで彼に出逢っていたら───私は恋しただろうか。
この約束さえなければ…私は彼を好きになっていただろうか。
「正直、二十回くらいは声掛けようかどうか迷ったよ。いやもっと迷ったかな。ただ俺もちょっとごたごたしてて…ほら亜米利加に行く話もあったからさ」
「…そうだね、言ってたね」
「でも全く諦めたつもりはなかったから」
「………!」
「…ああ、俺はこういうところがほんっと焦り過ぎなんだよな。つい口から出ちゃって」
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