第20章 刻みつけられた熱-スキ-
「うちの大事な使用人を助けてくれて有難う。そのお礼をずっと言いたかったの」
私は柔らかく笑んだ。
「カラスの仲間になるって…滉が自分で決めたの?」
「……ああ、そうだよ」
微かな躊躇いの後、聞こえた言葉に私は息を呑む。
「…お兄さん、だから?」
奇妙に掠れた声が私の唇から洩れる。すると───私の顎を掴んでいる指から力が抜けた。
「……───あいつのあの目、あれは俺のせいらしいんだ」
「……………」
「何歳の頃だったかな、もうはっきりとは覚えてない」
滉は私を見ている。
けれど眼差しは遠かった。
「俺の母親は、あの家で下働きしてた女中でさ。旦那様のお手つきなんて、まぁよくある話だろ」
「……………」
「俺が物心ついた時から働いてる様子はなくて、月に数度『父親』と名乗る男がやってくる。ただ、そこそこ幸せではあったはずなんだ。……『あの日』までは」
「(あの日…?)」
「四木沼の名前なんてその男から一切聞いたことがなかった。なのにある日いきなり、カルイザワの別荘に招かれた。……────別世界だった。俺が今まで見てきたもの、身につけていたもの、食べてきたものとは全く違った」
「……………」
「ナイフとフォークなんてあの日、初めて見たよ。そこで初めて喬に会った。あいつは丁寧な口調で俺に話し掛けてきたけど、視線はまるっきり違ってた。人間を見る目じゃなかったな」
「……滉」
「昼食の後、俺達は鳥を探すために森を散歩することになった。でも、川辺を歩いていた時に運悪く雨上がりの鉄砲水が溢れて…二人共命は助かったけど…あいつは運悪く流木で目を怪我した」
「!」
「お前が身代わりになるべきだった、とあいつの母親に罵られた」
「……そんな」
「お前が何もしなかったせいだ、お前が喬を守らなかったせいだ、と。その夜……───俺の母親は浴槽で手首を剃刀で切って死んだ」
「…………っ」
「四木沼家への詫びの手紙を残して。真っ白なタイルや浴槽が真っ赤に染まってた。ああ、赤いってこういうことなんだなって」
「滉……っ」
「葬式すらなかった。勝手に何処かで燃やされて、少し経ってからやけに豪華な位牌と骨壷だけ届いた」
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