第16章 裏切りの夜-シンジツ-
ボタンが取れてしまったブラウスの胸元を、運転手が気付いていないわけはなかった。
けれど店のお抱えらしい彼は終始無言で、たった一言口にした言葉は『何処までお送りしましょう』だけだった。
「(部屋に戻るまで…誰にも会いませんように…)」
アパートの近くの坂で降ろしてもらい、襟を押さえながら足早に人気のない道を急ぐ。
「立花!」
「!?」
聞こえた声に、咄嗟に身構えてしまう。
「良かった、無事で!なかなか戻らないから心配で捜してたんだ」
「ご、ごめんなさい…」
そうして詫びてはみたものの、安堵の余り私は涙をぐみそうになる。
「………?」
訝しげな眼差しを向けられ、慌てて瞼をきつく閉じた。
「し、心配かけてしまってごめんなさい。ちょっと…友達と会って話し込んでしまって」
「…友達?」
彼の眼差しが、私のブラウスの胸元に注がれている。
「……………」
「…それ」
「な、何でもな、い…」
この風体では、流石に誤魔化しきるのは難しい。だからと言って、到底真実を口にする勇気もない。
「…何でもなく、ないよな」
「……………」
「そのスカーフ、別れるまでしてなかったよな?いつものストールはどうした?」
「えっと…」
「それに顔色も悪い」
「………………」
「何かあったんだな?」
どうにか否定しようとした矢先、先刻のあの言葉が脳裏を過ぎる。
『…お前達の行動など筒抜けだ。
何故なら裏切り者がいるからな』
「(どうしよう…)」
流石にこんな道では話せないし…。かと言っていきなり部屋に来てくれなんて…言えないし…。
「…あ、あの滉、少し話したいことがあるの。もし時間があるなら温室に付き合ってくれない?」
「…いいけど」
✤ ✤ ✤
「…それで?話って何?」
「………………」
「話しにくいかも知れないけど…下手に誤魔化されて事件が大きくなっても困るから」
「そ、そうだよね…」
彼の口振りから、恐らくもうカラス絡みであることは察知されているようだった。
「…実は、その…私…ナハティガルに連れて行かれたの」
「…………っ」
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