第16章 裏切りの夜-シンジツ-
「喬さん。…今の悲鳴は何ですの」
「……………」
「私は…嫌がる小鳥の羽根を無理に手折るような真似は嫌いですわ」
「……───知っている。
だが彼女は条件を備えている」
「……………」
彼女は何も答えなかった。
そしてそのまま足早にベッドに歩み寄って来て、私の手を取った。
「こんなに震えて可哀想に。大丈夫?すぐに車の用意をさせるわ」
「あ、あの……っ」
「私のことを信用してとは言わないわ。このままここにいたいなら構わない」
「…か、帰ります…もちろん」
私はどうにかして躰を起こした。
けれどベッドから降りようとしても、上手く手足に力が入らない。
「…たくさん涙を流したのね。怖かったでしょう」
「……………」
「……──ごめんなさい」
私が彼女の手に引かれ、部屋から出て行こうとした──その時。
「お嬢さん。気が変わったらいつでも私を訪ねて下さい。…お待ちしていますよ」
✤ ✤ ✤
「(この人が白薔薇夫人…)」
「さぁ、もうすぐ迎えの車が来るわ」
「あ…ストール…」
乱暴に剥ぎ取られ、ベッドから落ちたストールを拾わずに出てきてしまった。首がスースーして落ち着かない。それに…このまま帰るわけにはいかなかった。
「とても非道い事をされたのね」
「え?」
彼女は私の首に目を遣り、悲しみに表情を歪める。
「そのままでは帰れないでしょう。このスカーフを使って。そうすれば隠せるわ」
薔子さんは綺麗なスカーフを私の首に巻いてくれる。そのおかげで首元の跡は隠れた。
「でも…これは薔子さんの…」
「差し上げるわ」
「い、頂けません!」
「どうして?」
「こんな綺麗なもの…」
「だったら、私から貴女にプレゼントするわ。それならいいでしょう?」
「……………」
この人の笑みは、どこか悲しそうだ。それでも私を助けてくれたことに変わりはない。
「有難うございます。これで…誰にも気持ち悪がられずに済みます」
そっと巻かれたスカーフに触れる。
「気を付けて帰ってね、可愛い駒鳥さん」
丁度、迎えの車が来て、私は薔子さんに見送られながらナハティガルを後にした。
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