第15章 恋文-ヤクソク-
午後7時40分。
私達は今日も『残業』する。
「あれ?昼間に別の人が巡回に来たけど?」
「仕事ではなく、個人的に本を探しに来ました」
「そうなの?でもそろそろ閉めるから選ぶなら早くね」
「はい、有難うございます」
✤ ✤ ✤
「(…怪しい本は見つからず、か…)」
「そう簡単に見つかるものじゃないって、最初にみんなに言われたと思うけど」
「……え!」
言葉にはしなかったものの、落胆が顔に滲んでしまっていたらしい。
「そ、そうだよね、ごめんなさい」
「ただでさえ珍しいところに、更にカラスの証拠品なんて輪を掛けて稀少だぞ。こう言っちゃなんだけ…あ、いや」
「…大丈夫」
彼が言おうとしたことは薄々分かる。熱意とはもう別の次元なのだ。アウラが見えないからこそ、探すのにも苦労する。そこに、私のいる意味はないような気がして、つい焦ってしまう。
「…でも、やっぱり滉が一番大変だよね。もう止めた方がいいのかも。書店の方だって、そろそろ不審がるかも知らないし。一日に何度も来られたら迷惑だもんね」
決して、自虐ではなかった。
けれど─────。
「書店には元から煙たがられてるし、俺は別に気にしてないよ」
「!」
それはとても彼らしい励まし方で、嬉しさと可笑しさが同時に込み上げてくる。
「…有難う!でもやり方は少し考えるね」
「………!、そんな嬉しそうな顔するなよ」
「え?」
「どうせならいっそいつも不機嫌な顔してろ」
「ふ、不機嫌…?」
「……いや……────やっぱり笑ってていい」
「え…あの…」
そうして彼は無言で背を向けた。
✤ ✤ ✤
結局、彼はそれからまた一言も喋らなかった。私も、全く気の利いた言葉は浮かばなかった。
ただ───私と彼の間に流れる空気の色が変わったことは分かった。
今夜の作品は、娼婦がスパイに勧誘される話だった。
何故か、自分の時のことを思い出してしまう。
「(人の運命なんて…本当に何がきっかけで大きく変わるか分からないよね。)」
スパイとして様々な活躍を続ける彼女。けれど彼女は、敵の将校を逃してしまう。
───恐らく、愛していたから。
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