第15章 恋文-ヤクソク-
「(もし私が彼女だったら…)」
そんなことを考えていると不意に涙が滲む。
「(あ……っ)」
バッグの中からハンカチを取り出そうとして、そのまま床に落としてしまう。
「……………」
それに気付いた滉が、素早く拾い上げてくれる。私は小さく笑んで頭を下げ、そのハンカチを受け取る。
「(……あっ。)」
その瞬間。彼の指が触れて、私は思わずまたハンカチを落としそうになってしまう。
「………!」
気のせいか、滉の頬が赤く染まっている。すんでのところで白い布を握り締め、私はまたスクリーンに視線を向けようとした。
けれど──すぐ側に彼の顔があって、私の躰が勝手に強張ってしまった。
滉は、じっと私を凝視めている。
映画館の薄暗がりの中でも、彼の眼差しがはっきりと分かる。
「…………っ」
瞬きの瞬間だった。
私の唇を何かが掠めた気配がして、それは余りにも短くて何か分からなかった。
吐息の気配のようにも思えたし、別の───何かにも思えた。
「…滉?」
彼の名を小さく呼んでみたけれど、奇妙に掠れて殆ど声にはなからなかった。
滉は何か言い掛け、ふいと顔を背ける。
私の心がまた落胆に沈み込みそうになったその時───彼の指が私の手に触れた。
「………!」
そのままきつく指先ごと握られる。
まるで一緒に握られたかのように私の心臓がぎゅっと苦しくなる。
「(……滉。)」
───すると、彼の指が小さく動き力を緩み始める。
そうして離れ掛けた滉の指を、今度は私が掴む番だった。
「…………!」
私の手より、恐らく一回り程大きかった。そして私の手より、少しだけ冷たくて骨っぽい。それはあの時、悲しむ私の頭を優しく撫でてくれた彼とも、厳しくも心配性な父の指とも違う。
触れているだけで肌が熱くなるのに、離してはいけないと思わせる指だった。
✤ ✤ ✤
「………………」
「………………」
私達の手は、ずっと離れなかった。
映画館を出てバス停まで歩き、そうしてそのバスを降りてこうしてアパートに向かう道でも。代わりに、やはり言葉は全くなかった。
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