第15章 恋文-ヤクソク-
「前から長谷君を知っているのに…気付けば、どれが本当の長谷君の顔だったのか、分からないの…」
たくさんの役の仮面を被り続けてきた長谷君。中学の頃から知っているのに、今目の前にいる彼は、私の知る長谷君なのか、それとも、仮面を被った別人を演じている長谷君なのかは…もう分からなかった。
「でもね、分かることだってあるよ。長谷君は…私の傷付いた心に寄り添ってくれた」
「!」
「私を───救ってくれた」
死にたいと願った私の側にいてくれて、毎晩悪夢に魘されて泣いて起きる私の電話にも付き合ってくれた。"あの日の事件"は…私の心と体に一生消えることのない爪痕を残した。
「今はそれで十分だよ。君が本物だろうが偽物だろうが…例え仮面が外れていなくても、長谷君はこの先もずっと私の友達だもの」
「…そうか」
長谷君はどこか悲しげな顔で安心したように呟いた。
「(彼を不幸にしてしまうくらいなら、私は幸せを望まない。心に決めた相手が出来たとしても…想いは伝えない。)」
"約束"と"罪"
それが許されない限りは
私が幸せを求めることはない…。
「(これで…良かったんだよね…。)」
優しい瞳で笑いかける長谷君を見た私の心は少し複雑だった…。
✤ ✤ ✤
「おはよう」
「お、おはよう」
どうにか挨拶は出来たものの、既に私の心臓は速かった。
「じゃあ行くか」
滉と二人で、杙梛さんのお店に向かう。
「こんにち…あれ」
「やぁ二人とも、お疲れ様」
「どうも」
「紫鶴さんはお買い物ですか?」
「うん」
見ると、杙梛さんは香水瓶らしきものを包んでいる。
「そうして滉と並んでると、お嬢さんも一人前に見えるよ」
「そうですか?」
「初日なんて、緊張しまくりだったのに今は落ち着いて巡回出来ているからね。まぁこれからも頑張っておくれ。……と、そうだ。美沙宕の件、どうも有難う。やはり君達に相談してみて良かったよ。ただその後…また一つ問題が」
「まさか何かありましたか?」
「栞がね、彼女を連れて熱海なり箱根なり行ってくれって言うんだ。それで僕もちょっと煮詰まってたし、まぁ温泉もいいかなと思って誘ったらさ」
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