第15章 恋文-ヤクソク-
「長谷君…?」
「……………」
急に黙った長谷君に首を傾げる。
「お前は…月に行きたいんだな」
「うん」
「誰とだ?」
「え……?」
聞いたこともないような低い声で呟かれ、私の心臓がギクリと跳ねる。
「お前は誰と一緒に月に行くんだ…?」
「いつか、好きな人と一緒に…」
「……………」
その瞬間、ぞくりと身の毛がよだつ程の冷たい空気が流れた。
「(な、に…?)」
長谷君は顔を伏せていて、彼が今どんな表情をしているかは分からない。でも、確実に、この恐ろしいほど冷たい空気は、長谷君から溢れていた。
「は、長谷…君…?」
「彼女が望めなかった幸せを、お前は望むのか?彼女を残して、お前は好きな奴と一緒に月に行って、幸せを手に入れるのか?」
「……………」
「詩遠、いい事を教えてやろうか」
「?」
「瑞希は自分の意志で命を断った。お前が殺したわけじゃない。…ただお前は──"自殺に繋がるきっかけを与えた"だけなんだよ」
俯かせていた顔を上げた長谷君を見て、私は、ぞっとする。
口許が笑っていたのだ。
冷たい瞳を宿しながら────。
「自殺に繋がるきっかけ…?どういうことなの、長谷君…!!」
混乱する私に、長谷君は一冊の黒い本を見せてくれる。
「この本はどうだ?」
「どうって…ただの黒い本にしか見えないけど…」
「…やはりな」
「この本がどうかしたの?」
「気にするな、こっちの話だ」
冷たい空気が漂う中、彼は口許に笑みを湛えているが、何故か私には、残酷に思えた。
「長谷君、あの…」
「許さないよ」
「え?」
「お前が幸せになることを僕は許さない」
「!!」
怖い顔を浮かべながら、長谷君は私の耳に付いている茜色のピアスに触れる。
「このピアスに誓え」
「誓う…って、何を…」
「決まっているだろう」
「痛ッ……!」
ふっ、と壊れたように笑った長谷君は、触れた耳朶を強く引っ張り、顔を近づける。
「僕の許可なし幸せになることをだ」
「!!何言って…!」
「誓え。」
彼が───壊れたような気がした。
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