第14章 幾つもの囀り-フイウチ-
朱鷺宮さんの隻眼が、真っ直ぐ向けられる。
「そうだな…良いと思うよ」
浮かべた笑みは、どこか悲しげで、複雑そうな表情だった。彼女は『嬉しい』と言わなかった。ただ、困惑の色を宿した隻眼で私を見ている。
「稀モノが無い世界か…考えたこともなかったな。それが普通に在ると思っているから。この世界には読んだ者に影響を及ぼす危険な本が存在していて、それを保護する為に私達がいる」
「………………」
「だから、その質問に答えを出すことは出来ない」
「…そうですか」
「ただ…稀モノが本当に存在しない世界が何処かにあるなら…その世界は、平和なのかも知れないな」
「(平和…。)」
「済まないな、ハッキリした返事をしてやれなくて」
「いいえ、十分です。有難うございます」
私は頭を下げて、お礼を言った。
✤ ✤ ✤
「(もしかしたら…この時代の未来は、私のいた世界の未来じゃないかも知れない。)」
また温室に行こうかと裏庭に出ると、焼却炉の近くに滉の姿が見えた。
「滉」
「……ああ」
その声が、以前より幾分か柔らかい気がして私は内心ほっとする。
「(まぁ、気のせいかも知れないけど…)」
ここに来たばかりの頃、こうしてここで彼に出会って、素っ気なく立ち去られたことを思い出す。
『流れ星、見たことある?』
『ない。それじゃあ』
「こ、今夜も星が綺麗に見えてるね」
「…ああ、そうだな」
…星の話はやっぱり避けるべきかな
「つ、月も綺麗に見えてるね」
「そうだな」
「………………」
裏庭以外だと最近は滉と普通に話せてる気がしていたけど…色々話してみたいことがある。
彼の中に土足で踏み込みたいわけではないけれど、あそこまで華族を疎んじる理由を、尋ねられるなら尋ねてみたい。
その他にも、もっと些細なことでもいい。
好きな食べ物や、使っている石鹸や、そんなことでいい。
「…あんたさ、本気で月に行きたいって思ってる?」
「え!?」
唐突過ぎるそれに、私の声は裏返ってしまった。
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