第14章 幾つもの囀り-フイウチ-
「…でも、確かにそうなんですよね。どんどん印刷の本が増えていってますし、毎日書店を巡っていても和綴じ本にさえなかなか出会えなくて、印刷された本は稀モノにならないと聞いてますし、そうなるともう…」
「失業の心配か?」
「い、いえ!そこまでは…」
「まぁそう焦りなさんな。恐らく、そんな簡単に和綴じ本は消滅しない」
「え……っ」
「確かに、手書きの和綴じ本がこれから『増える』ことはもうないだろう。でもこの世界から全滅する、ということもないはずだ」
「………………」
「何故なら本は誰かに何かを伝えるためにあるものだから。そうして引き継がれていくものだから」
感傷的になるでもなく、虚勢を張るふうでもなく、朱鷺宮さんは穏やかに続ける。
「今夜書かれた物語が、百年後に誰かの目に触れる…そんなことがきっとあるだろう。その頃には多分、私もお嬢さんもこの世にいない」
「!」
「でもそうして誰かに届くことを想像すると、楽しくないか?」
「そ、うですね…素敵だと思います」
「だから見届けないと。それが私達の仕事だ」
「…はい。あの…もう一つだけ、いいですか?」
「ん?」
"干渉しない""一定の距離を保つ"。それがこの世界に来た私のルールだった。
でも…どうしても聞いてみたい。
『今夜書かれた物語が、百年後に誰かの目に触れる…そんなことがきっとあるだろう。その頃には多分、私もお嬢さんもこの世にいない』
朱鷺宮さん達はこの時代の人間。
私は百年後の未来から来た人間。
今夜書かれた物語が
誰かの目に触れるとしたら
それはきっと私のような人間だ。
「もし……───」
この時代で書かれた物語が、もしかしたら私の世界で存在する。それは稀モノとしてではなく、普通の本として───。
「この世界には稀モノが無くて、誰しもが平和に暮らせる、そんな世界だったら…朱鷺宮さんは嬉しいですか?」
「!」
彼女は、驚いた表情で私を見た。
「稀モノが無い世界…?」
「読んだ者に影響を及ぼす本では無く、本当にごく普通の本が書店に並んで、誰しもが好きな本を読める。『本が人を"殺さない"』。そんな世界だったら…」
「……………」
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