第13章 月に憧れて-ユメ-
「昔…知り合いが…目の前で…大怪我をして」
「………!」
「それ以来……───駄目なんだ」
「…そうだったんだね。急がなくても大丈夫だから。落ち着いたら戻ろう?」
「…有難う。…ごめん」
私は笑んでそう言った。
「お客様、血は止まりそうですか…?」
「はい、問題ありません。この程度の血、紙で切ったと思えば大丈夫です。こちらこそ申し訳ありませんでした」
「いえ!お客様に怪我をさせてしまって…本当に申し訳ありません!」
「ここで少し休ませてもらって良いですか?」
「もちろんです」
「有難うございます」
私は頭を下げた。
✤ ✤ ✤
「怪我、かぁ…」
アパートに戻った後、私は温室で独り滉のあの怯えようを思い出していた。
「私だって…"あの時"は取り乱したんだよね」
飛び降り自殺をした彼女は血まみれに染まり、光を無くした目からは一粒の涙が流れていた。
「(きっと凄く痛かったはずだ。)」
あの時の光景は今でも忘れることはない。
「………………」
潔癖症らしい、と言ったのは確か隼人だった。けれど理由を知れば、むしろそれは繊細さの裏返しのように思える。
冷たい人間ではないのだ、きっと。
ただ彼は自分のことを語ろうとしない。その上、彼は『華族』というものを嫌っている。
『俺なんかが相手じゃ立花が可哀想です。誤解しないで下さい』
彼は、故意なのか無意識なのかああして自分を貶めるような言い方をする。
以前に、読んだ本を尋ねた時にも同じような表情をしていた。
「別に私だって…望んでこの世界に来て、望んで華族になったわけじゃないんだよ…」
切れた指先には絆創膏が貼られていた。
✤ ✤ ✤
翌日、作戦室に行くと燕野さんがいた。
「あ、おはようございます!」
「おはようございます燕野さん、今日は朝からこっちなんですか?」
「はい、よろしくお願いいたします!」
連絡役、とは言うものの燕野さんは常時、巡回に同行するわけではないようだった。
細かい事情は分からないけど、フクロウと警察と、行ったり来たりしている。
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