第13章 月に憧れて-ユメ-
「今のは言い過ぎた…ような気がする。ごめん。」
「いいえ…大丈夫です」
「男に心当たりは?」
「全くないけど…もしかしたら葦切さんが言っていた、妙な男なんじゃないかって思ってる」
「素性が不明の?」
「うん…」
ストールに手を伸ばしてきた男。アイツがその素性の知れない奴で、私をストーカーしていた男なんじゃないかと思っている。
「(それに…)」
あの卑しい笑い方が
いつまでも頭から消えない
「とにかく、夜は独りで出歩くなよ」
「はい…」
さっきまでの余韻が嘘のように消えた。
「飲み終わったか?そろそろ帰ろう」
「あ、うん」
慌てて立ち上がったその瞬間───。
「あ……!」
振り向き様、バッグで引っ掛けてしまったらしい。
「申し訳ありません…!」
私は咄嗟にしゃがみ込み、散らばった硝子の破片を拾い集める。
「お客様!そのままで大丈夫ですから!」
「いえ、でも私の不注意で…っ痛!」
余所見をしつつ指を動かしていたせいで、鋭い切っ先が指先を掠めた。瞬く間に鮮血が滲み出る。
「…立花…っ!!」
「え?あ……!」
『あいつさ、すげー血が苦手なんだよ』
『滉って物凄く血を怖がるんですよ』
「……あ……っ」
隼人達の言葉を、信じていないわけではなかった。けれど私の想像以上に、滉は怯えていた。顔を真っ青にして、身体を強張らせて。
「だ、大丈夫だから!これくらいの傷!」
私は急いでハンカチを取り出し、指先を押さえる。
「血はすぐ止まるはずだから、心配しないで」
「……っ……」
滉はそこで力尽きたように乱暴に椅子に身体を預け、深呼吸をする。
「…はぁ…はぁ…っ」
「滉…大丈夫?」
怪我をした私より、滉の方がはるかに具合が悪そうだった。
「…ごめん。…妙なところを見せて」
「……………」
「…これじゃ、おかしな奴だよな、はは」
「そうは思わないけれど、でも本当に顔色が悪いよ。水をもらう?」
「大丈夫、すぐにおさまる。
…長くは続かないんだ」
滉はそう言い、苛立たしげに髪を掻き上げた。
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