第1章 空の瞳の少女-トリップ-
「その…お二人の容態は…?」
「ご安心を。命に別状はありません」
「そうですか…」
それを知って心の底から安堵の息が洩れた。
「(『稀モノ』……───)」
私は眉を寄せ、辛い表情を浮かべる。
「私達フクロウは、あくまでも『収集』と『保管』を目的としています。収集した本は基本的には容易に触れられないよう、特別な書庫に厳重に保管されています。それはもちろん、先程も申し上げたように図書館から派生した組織という点も大きいですが…稀モノという不思議な存在の研究という意味も大きいのです」
朱鷺宮さんは何処か探るような眼差しを私に向けた。
「稀モノというものに関しては、一応ご理解いただけたかと思います」
「(つまり…『本が人を殺す』…)」
「立花さん、お願いがあります」
朱鷺宮さんが私を真っ直ぐに凝視めた。
「フクロウで働いてみる気はありませんか?」
「!」
「この仕事に危険がない、とは申しません。何かの事件に巻き込まれる可能性ももちろんあります。稀モノを探すということは、人の感情に触れるということです」
「(人の感情に触れる…)」
「…不快な思いをすることもあるかも知れません。でも、それでも…私達は…法で裁くことが出来ないものを見届ける義務があると思います」
「………!」
「……──何卒、ご検討を」
椅子から立ち上がり、朱鷺宮さんは深く頭を下げる。私はすぐに頷くことはできなかった。
朱鷺宮さんが帰った後、私は部屋に戻り、英吉利語の教材の準備をしながら、彼女の話を改めて考えていた。
「ツグミちゃんの弟さんが…そして、鵜飼首相のご子息も…『稀モノ』の被害者…。"読んだ人に影響を及ぼす本"…か」
窓の外に目を遣ると、一羽の鳥が自由に空を飛び回っている。
「この世界に来てしばらく経つけど…私、何も知らないんだな」
『お前は何も知らなくていい』
「!!」
脳裏に響いた声に目を見開き、ぐっと顔を歪め、その声を消すように頭を横に振った。
「……………」
パタパタと何処かに飛び立って行く鳥を寂しげに見つめていると、控えめにドアが数回、ノックされる。
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