第1章 空の瞳の少女-トリップ-
朱鷺宮さんの表情に、私をからかっている様子はない。けれど、聞くこと総てが信じられないものばかりで、本当に書いた人の強い感情や思念が本に残る、という彼女の話はどうにも疑わしい。
「やはり…信じられませんか」
「稀モノというものが危険な存在だと言うのは理解出来ました。ですが…本当に読んだ人にまで影響を及ぼす本が存在するというのは、少し信じ難いです」
「無理に信じて欲しいとは言いません。ただ、そういう危険な存在だと理解して頂けるだけで結構です」
彼女の口許に笑みが浮かぶ。
「そして私達はそういうものを探し出す仕事をしています」
「帝国図書情報資産管理局ですね」
「凄いですね」
「え?」
「覚え難い名前なのに一回で覚えてしまうなんて」
「少し記憶力が良いだけですよ」
急に褒められて、恥ずかしくなり、顔を俯かせる。
「私達は、元は国内外の本を広く収集・保管することが目的だった帝国図書館の一つの課でした。なので、一応国家公務員なんです。……一応、ね」
そこで何故か朱鷺宮さんは苦笑した。
「ですが、稀モノが関与していると思われる事件が相次ぎ、正式な特務機関として独立することになり、現在に至ります。本の警察、みたいなものと思っていただければ」
「稀モノが関与している事件が起こったんですか?」
「…実は、昨日で二件…───」
「え?」
「一人は久世家のご子息で、自宅で焼身自殺を図りました」
ドクンッ
「久世…?」
嫌な予感が脳裏を過り、不安になってストールを掴む。
「(まさか…彼女の弟さんが…?)」
今、彼女は確かにこう言った。"久世家のご子息が焼身自殺を図った"と。
「もしかして…そのご子息にお姉さんはいませんか?名前は…久世ツグミさん」
「えぇ、確かにお姉さんの名前はツグミさんです。お知り合いですか?」
「…友達なんです」
「そうでしたか…」
「(彼女の弟さんが『稀モノ』の被害者…)」
「…そしてもう一人…これは、くれぐれもご内密に願いたいのですが…現首相・鵜飼昌造氏のご子息です」
「!!」
その事実に思わずストールを握る手に力が入る。
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