第13章 月に憧れて-ユメ-
「いや…流石金持ちは住む場所も違うなと思って」
「っ…………」
そんな言い方をされるとは思わず、彼の言葉に顔が強張った。それに気付いた滉が、はっとして、申し訳なさそうな顔で私を見る。
「失言だった…ごめん、気を付ける」
「いいえ…大丈夫、です」
「本当に悪かった」
「もう平気…大丈夫」
チクリと胸が痛んだ。
「家族に会うのはいいことだと思うよ」
「!」
彼なりの気遣いなんだろう。顔と言葉が合っていないけど、それでも嬉しかった。
「うん、有難う」
「…やっと笑った」
「え?」
「何でもない。じゃあ、行くぞ」
滉がちょっとだけ笑った。
もしかして、彼のこんな表情を見たのは初めてではないだろうか。
歩き出した彼の背中が、不思議といつもと違って見えた。背が伸びたわけでもないし、髪型だって同じだ。心臓がまた昨夜のように速くなり、顔や首筋、果ては指先まで火照る。
「(…昨夜。)」
ふっと。
『…大丈夫だよ』
「!?」
あの時、彼の顔は見えなかった。
けれどやはり同じような、優しい響きを持っていた気がする。
「………………」
心臓の鼓動は、まだ速かった。
私はもう小さくなってしまった彼の背中を追い、慌てて走り出した。
✤ ✤ ✤
「(……あ。)」
先日のあの映画館の前を通り掛かると、丁度、看板を新しくしているところだった。
今夜から始まるらしい。
「(『月世界旅行』…?)」
看板には大きな月と砲弾、華やかな女の人達が描かれている。
「(…旅行、ということは、もしかして…人間が月に行く話なのかな。面白そう!)」
月と聞いて黙っていられなかった。地球を飛び出て、月に降り立つ。学生の頃、彼の部屋の書庫で見つけた本のようだった。
「ねぇ滉、次のが始まるみたいだね」
「え?あ……っ」
何気なく看板に視線を向けた彼の顔に、ほんの一瞬無邪気な喜びが浮かんだのを私は見逃さなかった。
「あの、もし良かったら一緒に観に行きませんか…?昨日のお礼もしたいし、切符代払います」
「……え」
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