第1章 空の瞳の少女-トリップ-
『…残念ながら、儂はお前さんが悪い奴とは思えんよ。でもそうだな…どうして素性も知れぬお前さんを保護しようと思ったのか、その質問には答えよう』
おじい様は優しげな顔を向ける。
『お前さんのその綺麗な瞳が、助けてくれと訴えておるからだよ』
『え?』
『そのサインを逃しては駄目だと思った。お前さんを独りにするのは危険だと悟った。ただそれだけのことだ』
『……………』
『独りで心細かっただろう。もう大丈夫だ。儂がお前さんの家族になる。だから…泣くのを我慢するのはもうやめなさい』
『っ……。う……うぅ……あぁぁ……っ』
その言葉が妙に安心感を与えてくれ、私は今まで張っていた警戒心を解き、堪えていた涙をポロポロと流し続けた。
目が真っ赤になって、声が枯れるほど。
『さあ詩遠や。帰ろう、儂らの家に。屋敷の者達もきっとお前さんを歓迎してくれる』
そんなおじい様は優しく頭を撫でてくれたのを、今でも鮮明に覚えている。
✤ ✤ ✤
我ながら信じ難い経験をしたものだ。
この時代は現代の東京とは、何もかも違う。
街並みや風景、道行く人達の格好。
総てが、映画の中の物語のようだ。
…本当に映画なら良かったのに。
「……………」
小さくふと笑い、私は朱鷺宮さんを見る。
「いえ…『稀モノ』という存在は初めて聞きました」
「実際にお見せした方が説明しやすいと思います」
朱鷺宮さんが、テーブルの上に少し古い本を置いた。
「こういうちょっと古い…自筆の和綴じ本。最近はもうかなり減ってはいるんですが」
「(ごく普通の本に見えるけど…?)」
「すぐには信じられないと思いますが、こういう本が読んだ人に影響を及ぼすことがあるんです」
「本が…」
にわかには信じられない話だ。私がいた世界では、印刷された本が普通に書店で売られていて、たまに古本屋に足を運ぶと自筆の和綴じ本も並べられているが、決して危険な本ではない。
それがこの世界では、危険な物として認識されている。
「簡単に言えば…『書いた人の強い感情や思念が本に残る』という感じでしょうか。印刷された本では全く起きないようなので、自筆であることが重要なのだと思います」
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