第11章 相合い傘の温度-アメノオト-
「(隠し事って辛いな…。)」
杙梛さんの質問に答える訳にはいかず、私は口許に笑みを湛え、人差し指を唇に当てる。
「秘密です」
だから杙梛さんと同じ答えを返した。
「…独りで抱え込んで大丈夫なやつなのか?」
「今のところは」
「そうか。お嬢さん、頼むから自分から死にに逝くような真似だけはしないでくれよ」
「優しいですね、杙梛さん」
「ばーか。俺は元々優しい男だろ?」
「ふふ」
「あんたのことを深く詮索するつもりはねぇよ。ただ…今言った言葉は本気だからな」
「はい、覚えておきます。ではこれで失礼しますね。明日からもよろしくお願いします」
「あ、待った。ほら」
杙梛さんが店の奥から番傘を引っ張り出す。
「雨が降り出してるぞ、持ってけ」
「有難うございます」
番傘を受け取り、杙梛さんの店を後にした。
✤ ✤ ✤
「(今朝はあんなに晴れてたのに…)」
バスを降りる頃には、雨脚は更に強くなっていた。湿り気と同時に生ぬるさを覚えるその空気は、梅雨の近さを物語っている。
「(雨が続くようになったら本を探すのもまた大変そうだな。)」
そんなことを考えながら角を曲がった途端。
「……滉!?」
「………え」
見覚えのある背中に、私は慌てて走り寄る。
「そんなに濡れて!もしかしてバスを降りてからずっとそれで歩いてたの?傘は!?」
傘を差し向けると、彼はすっと身体を引く。
「降りる頃には止むかなって思ったんだよ。あんたまで濡れるから近付くな」
「駄目、傘に入って」
「もうこんなに濡れてるのに今更だろ」
「風邪でもひいたらどうするの?」
「ひかないよ」
「そんなの分からないでしょ。いいから傘に入って」
「…いいって言ってるだろ」
「……………」
「じゃあ、先に行くから」
そう言って滉は歩き出してしまう。
「…駄目だってば!」
そんな彼を追い掛け、私はまた傘を向ける。
「……──あんたって顔に似合わず意外に強情なところあるよな。気が強いのは知ってたけど」
「顔と気が強いのは関係ないよ。とにかく濡れると大変だから傘に入って」
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