第11章 相合い傘の温度-アメノオト-
「そう…ですね」
「俺だって、あんたが死んだりしたら毎日きっと泣き暮らすから仕事にならねぇよ。お嬢さんだって、知り合いが痛い目見たら嫌だろ?」
「もちろん嫌です」
「あんたは気負い過ぎるところがあるように見える。思いつめないようにな」
まるで今の私を見透かしたようなその言葉に、私は苦笑を返すしかなかった。
「四木沼喬のことは…そうだなぁ…」
杙梛さんはそこでゆっくり煙管をふかした。
「奴はカラスのことに関しては相当用心深く動いてるから、隼人達が知ってることと俺が知ってることはそう大差ないだろう。ただ取り敢えず、『表向き』の奴に関して俺が知ってることをざっと並べとくと…」
「………………」
「四木沼侯爵家ってのは、元は結構名を知られた大名家だったんだ。それで爵位を得て、普通は華族なんて遊んで暮らすか、議員になるか軍人になるかだろ」
「そうですね」
「だがあそこの一族は鼻が利くようで、資産を手元に手広く荒稼ぎして、今じゃご覧の通りの大財閥。あの喬も例に漏れず、貴族院をわざわざ辞職してまでダンスホールのオーナーやってるってわけさ」
「…なるほど」
「お嬢さんなら知ってるかも知れないが、普通は公爵、侯爵家の男は30歳で貴族院入りだ。不祥事さえ起こさなければそのまま居座れる。だがあいつは、少なくとも政の表舞台からは降りた」
「国を動かすより、お金を動かす方が楽しいってことですかね」
「きっとな」
「(…そこまでお金に執着しているようにも思えなかったけれど…)」
「もっとも…世の中を動かすには金がいる。そういう意味では最高の権力を得た、とも言えるな」
「権力…」
「後よく聞くのは、稀モノを集めてるって話だけど、それも例のオークションのためだろうしなぁ」
「…と思います」
「とにかく気をつけるこった。人を人とも思ってないような奴だしな」
「はい、気をつけます。
…ではこの石鹸を一つ下さいな」
「おう」
代金を置き、私はペリがすすめてくれた石鹸をバッグにしまう。
「ところで聞いてみてもいいですか?杙梛さんは何故こんなお店を?」
「秘密」
「…そう言われる気がしてました」
「俺もお嬢さんに聞いてもいいか?」
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