第1章 空の瞳の少女-トリップ-
「まだ変わらない…」
こうしている間にも時間は刻々と進み、"遅刻"と云う言葉が更に重くのしかかる。
「(どうしよう…近道しようかな。)」
先程の喫茶店のすぐ横にある脇道を抜けると下る階段がある。その階段を使って数分歩けば職場に着く。
次に信号が変わるのを待つより、明らかに近道を使った方が良いのだが…。
「人気がなくて怖いんだよね…」
あそこの階段は手摺が無い上に上り下りも辛い為、お年寄りはおろか、誰も使いたがらない。たまに一人か二人、あの道を通っているのを見かけた事がある程度だ。
それ以外は、猫達の休憩場所となっており、道の脇で猫が気持ち良さそうに日向ぼっこしている。
「あーもう!全然変わらない!怖いとか言ってる場合じゃない!引き返そう!」
結局、近道を使う事を決め、また喫茶店までひとっ走り戻る。背中くらいまで伸びた髪が風で煽られ、一時間も掛けてセットした髪が台無しになってしまう。
けれど今の状況ではそうも言ってられず、私は全力疾走する。そして喫茶店の横にある脇道を抜け、やっと階段まで辿り着いた。
「はぁ…はぁ…っ、やっと着いた…はぁ…」
普段はこんなに走らないので、すぐに息が上がってしまい、膝に両手を付いて呼吸を整える。
「この調子だと間に合いそう」
乱れた髪を手で直しながら安堵の表情を浮かべた。そして階段を下りようと、足を一歩踏み出そうとした時…。
ドンッ
背中を突き飛ばされ、私の体は宙に投げ出される。
「え……?」
何が起こったのは理解できない。何で私、浮いてるの?まるで目に映る全てがスローモーションのように止まって見え、階段の下ではいつも通り猫達が気持ち良さそうに眠っている。けど、私の足は…地面に付いてる感覚は…ない───。
「っ───!!?」
サッと全身から血の気が引く。私は首だけをどうにか後ろに向け、階段の上にいる人物を見る。
「(コイツか…)」
そこには両手を前に突き出し、顔が見えないように帽子を深めに被った奴がいた。体格から見て男だった。
「(なんで…──)」
一つだけ、確信した事がある。
「(何で私なの…?)」
その男は、悔しげに顔を歪めて落ちて行く私を見て──笑っていた…。
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