第9章 闇の嘲笑-ナハティガル-
「おい、大丈夫か?何かあったのか?」
「だ、大丈夫…何でも、ない…」
「何でもないって顔じゃないだろ」
「……………」
触れられると思った恐怖からか、身体が微かに震えていた。
「何かされたのか?」
「違う…ただ…あの四木沼って人に話し掛けられて…」
「………!?」
「それだけ、それだけなの。ただ…焦ってしまって」
「……──本当に、話しただけ?」
「もちろん。カクテルを勧められたけど断ったよ」
「…そうか」
「(なんとか誤魔化せたかな…)」
「じゃあ泣きそうになってるのは何で」
「え?」
「やっぱりあいつに何かされた…?」
言い方は素っ気ないけど、本当に心配してくれている様子だった。私は迷惑を掛けないようにと、無理やり笑顔を作って首を振った。
「何でもない、大丈夫」
「…なら、いいけど」
身体の震えは徐々に治まり始めた。滉は何か言いたそうだったが、ホールの中をゆっくりと見渡した。
「独りにして悪かった。もう少し様子を見てから退散しよう」
✤ ✤ ✤
賑やかなホールとは打って変わって、そこは静寂に満ちていた。私達以外の人の気配もない。毛足の長い絨毯が敷き詰められ、廊下の両側には同じような扉がずっと続いている。
先に見取り図には目を通していたけれど、その静けさに不気味な威圧感を覚える。
「…この辺りの部屋はみんな貴賓室って呼ばれてるらしいな」
「特別なお客様用ってこと?内緒でお酒を飲んだり話したりするの?」
「…そうなんだろ」
「…ねぇ滉」
「ん、」
「さっきあの人が少し気になることを言ってたの。『別の宴』って…何だと思う?」
「…………っ」
「今すぐ連れて行けるって…」
「さぁ…俺もそこまでは」
「そう…だよね」
「行かなくて正解だよ、見ちゃまずいものを見てうっかり消されたりするかも知れないし」
「!?そ、そうだよね…」
消されるって…そういうことだよね?
「……───なぁ。」
「え?」
滉が急にまじまじと私の顔を眺めた。
「あんたってやっぱり男と寝たことないよな?」
「…………!!??」
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