第8章 不快な笑い声-カラス-(√)
ドンッ
「っ………!?」
いきなり滉が立ち止まり、私はその背中に思い切り顔をぶつける。
「…あ、滉?どうかし…」
「あそこ誰か倒れてる」
はっとすぐ側の路地裏を見遣ると、確かに背広姿の男が横たわっている。
ドクンッ
「(……っ、大丈夫…倒れてるだけ…)」
「酔っ払いにしちゃ時間が早過ぎるな、ちょっと声掛けてみるか」
途端に心臓が速くなる。滉に気付かれないように震える手を抑えながら、私達はその男が横たわる路地裏に向かう。
「あの…大丈夫ですか?ご気分でも?」
「う……」
「生きてはいるな。酒臭くもない」
「大丈夫ですか?体調でも悪く…」
「…あ…あ、ぐ……っ」
「…………!」
「どうかし…」
「おい立花、ちょっとお前離れてろ。
こいつ様子がおかしい」
滉の言葉に、私は慌てて立ち上がる。
「…もしもし?」
滉が肩を揺らすと──男がかっと目を見開いた。
「はぁ…はははは…っ、ぜぇ、ぜぇ…っ、ははははは…っ!」
「…………っ!?」
滉が咄嗟に、腰のステッキに手を遣る。
「はははは…っ!ぜぇ…ははははっ!はははは…っははははは──!」
男が狂気じみた笑いを繰り返しながら、立ち上がろうとした。その背広の内側から、一冊の本が落ちる。
ズキッ
「痛っ……」
激しい頭痛が襲い、頭を押さえる。
「滉…その本、一応回収した方が良いと思う…。ツグミちゃんに見せた方が…」
「…稀モノの可能性か」
「はははは!ははははは───っ!!」
いつまでもその男の不快な笑い声が
私の頭に響いていた────。
──その夜の作戦室は、微妙な空気が立ち込めていた。落胆、そして一種の興奮。
私と滉が見つけた男性を交番まで送り届けたのが午前10時半。私達の代わりに朱鷺宮さんがその交番に呼び出されたのが午後1時。
その本が稀モノかどうかを確かめる為にツグミちゃんも呼び出されたらしい。彼女はその本を見た瞬間、足が強張っていた。
その本が稀モノなのは、明白だった───。
そして午後8時を過ぎた今になっても朱鷺宮さんはまだ戻らない。
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