第8章 不快な笑い声-カラス-(√)
────その日、私は微妙に緊張していた。
「(今日は滉と二人で巡回…)」
フクロウに入って一週間。
少しずつここでの生活に慣れて、みんなとは廊下やホールで雑談も出来るようになった。
ただ──二人を除いては。
「(鵜飼さんはもっと長期的に構えるとして、滉は…)」
無視されるわけでもないし、意地悪を言われるわけでもない。ただ、その廊下やホールでの雑談を、彼とは一度もしたことがない。
とにかく仕事以外で会話が続かない。
「(人との会話って、こんなに難しいものだったの…?)」
そんな性格なのだと言われてはいるものの、二人で巡回となると、やはり不安がある。
「おはよう」
「お、おはよう!」
私は精一杯明るく挨拶する。
「じゃあ、行こう」
そうして滉と一緒に巡回に向かうけれど…
──アパートの近くからバスに乗り、担当の地区で降りるまで、会話は全くなかった。
無視されているというより
私は空気かもしれない。
「(…よし、話しかけてみよう。)」
覚悟を決め、私は口を開いた。
「…ねぇ滉。最近読んで何か面白かった本とかあった?」
「…は?何を突然」
「え、えっと…こんな仕事だし、色々な人が面白いと思った本を読んでみようかなって」
「そういうのって紫鶴さんとか隼人の方がいいと思うよ。俺が読むのは結構偏りがあるし」
「そ、そっか…」
もう会話が終了してしまった…。
これは…やっぱり話し掛けるなってこと?
「(滉は…何が好きなんだろう?)」
そんなこと聞ける筈もなく
私達はまた会話がないまま歩き出す。
『紫鶴さんとか隼人の方がいいと思うよ』
「(彼等じゃなくて、貴方の答えが聞きたいのです、と言うのも…迷惑かな。)」
小さな寂しさのようなものを覚えた時だった。
少し先を歩いていた滉の視線が
通りの向かい側のビルに向いた。
「(…映画館?)」
確か昔は『活動写真』って呼ばれてたんだっけ?
滉は歩みを止めないまでも
その看板をずっと眺めていた。
「(もしかして…映画が好きなの?)」
私がやっと会話の糸口を見つけて喜んだのも束の間。
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