第7章 ナイフと紺色の手帳-ヒヨクノトリ-
「久世は薙刀の大会で優勝したことがあるそうだ」
「優勝!すごい!」
「お嬢さんだって剣道の大会で優勝したことがあるそうじゃないか」
「まぁ…そうですね」
「久世にも同じやつを渡してある」
「!」
「小耳に挟んだんだが…お嬢さんは学生の頃、嫌な経験をして剣道を習い始めたそうだな」
「!」
誰から、とは聞かなかった。
「…はい。何も出来ない自分に悔しくて…自分の身を守れる武器があればと思って剣道を習い始めたんです。強くなければもう二度と…あんなことは起きないと思って…」
「だからこそ…これを持っていて欲しいんだ」
私はナイフを見つめる。
「知ってるかな、隼人と滉のあのステッキは抜くと細身の刀になってる」
「…なんとなくそうかなとは思ってました」
「翡翠はまぁあんな能力だし、あと本人が武器を持ちたくないと言うんでな」
「…そうでしたか」
「お嬢さんもね、強いとは言え一応女の子だし、出来れば危険には巻き込みたくない、巻き込みたくはないんだが…。…もしも、の時の為だ」
「…もしも、ですね」
「でもね、戦うということは全く意味が違う」
「……………」
「普通はね、剣や銃を向けられたら萎縮して動けなくなるものだ。戦うってのはそれ相応の経験を積んでないと、咄嗟には無理なんだ、身体が動かない」
「はい…」
「隼人達にも口を酸っぱくして言ってある。…無闇矢鱈と抜くんじゃない、と。私達の仕事は、誰かを殺したり傷付けたりすることではないからな。…ただ」
そこで朱鷺宮さんは傍らの灰皿を指でそっとなぞった。
「もし何らかの危険に巻き込まれた時に…容易に命を捨てたりしないで欲しい。そのために、渡しておく」
「…はい」
朱鷺宮さんは、今、どんな気持ちでこの言葉を口にしているのだろう。
稀モノの犠牲になった──恭彦さん。
累を襲ったような人達が、暴徒と化す可能性だってあるだろう。
「使うことがない方がいいとは思うけど、ちょっと物騒なお守りだと思って」
「そうします」
「装着の仕方は分かるな?腕じゃないからな、それ。足だぞ、太腿」
「だ、大丈夫です」
私はそれを恐る恐る手にしてみた。
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