第7章 ナイフと紺色の手帳-ヒヨクノトリ-
「お風呂から出て庭で涼んでいたら、貴女がここに入って行くのが見えたんで」
「そうだよね…この温室は出入り自由だもんね。誰かが入って来るのは当たり前か」
「ああ…でも、みんな余り興味ないみたいですよ。色気より食い気、という感じで。久世さんはたまに来たりしてるみたいですけど」
「ふふっ」
「そういう僕も、実はここは余り来たことがなくて」
「翡翠もやっぱり、食べ物の方がいい?」
「…いえ、僕は…」
翡翠は園内に溢れる艶やかな花々をゆっくり見回した後───言った。
「花が好きではなくて」
「そうなの?花は嫌い?」
「嫌いというか…うーん…嫌い、かなぁ…」
「そうなんだ…」
「正確には、羨ましいのかもしれません」
「え……?」
「僕が醜いから」
「!?」
私は目を丸くしたまま、彼を凝視める。
「え…?醜い…?」
一体、何処が…?
柔らかそうな亜麻色の髪
宝石のような色の瞳
「(あ。もしかして…)」
『本人はあの容姿のことを内心気にしてるから、触れないでやってくれるか』
やはり翡翠は、この姿を嫌悪しているのだろうか。
「ちゃんと綺麗でいいなぁ、って…思ってしまうんですよね」
「……………」
「貴女の、その空色の瞳は特に綺麗です」
「!」
「初めて会った時、思わず貴女の瞳が凄く綺麗で戸惑ってしまったんですよ」
「そうなの?」
「だって貴女は心も綺麗じゃないですか」
「…………!」
翡翠の言葉を素直に喜ぶことが出来なくて、私は悲しそうに視線を地面に落とす。
「ああ、済みません。こんなこと言われたら困ってしまいますよね。忘れて下さい」
「翡翠…」
「貴女にも、花にも罪はありません」
彼は微笑んでいた。いつものように。
「ねぇ、翡翠……───」
「はい?」
「本当にキレイ?」
だから意地悪で聞いてしまった。
「私、ちゃんと翡翠の目に…心も綺麗なまま、映ってる…?」
「もちろんです」
彼はまた、笑う。
「貴女は綺麗です」
「そう…有難う翡翠。翡翠も、綺麗だよ」
「!」
「とても綺麗。」
.