第7章 ナイフと紺色の手帳-ヒヨクノトリ-
「では、署名しますね」
万年筆で名前を書き終える。
「あーあー署名しちゃったー」
「え!」
「はは、なーんてね。…ところでさ。栞から聞いたんだけど、今、恋人募集中なんだって?」
「…いえ、何か誤解が生じてます」
「そうなの?結婚式があったら僕も呼んでもらって、それで色々な民族衣装を着せたかったのになぁ」
「……………」
「ほら、花嫁しか着られないのって沢山あるんだよ、僕じゃ無理だろう?何ならお面もあるよ?」
「朱鷺宮さんがどう言ったかは知りませんが、そんな暇ありませんから」
「…花嫁衣装…」
「(うっ…そんな悲しそうな声されても…)」
「気になってる男性はいないのかい?」
「…いないです」
「間があったね」
「本当にいないです!」
「君ならお付き合いしてる男性がいるんだと思っていたよ」
「お、お付き合いした男性も…いないです」
「君のような素敵な女性を放っておく男性はいないと思うけど」
「その…恋はしないと決めています」
「それはまたどうして?」
「…私は幸せを望めないんです。望むと誰かを不幸にしてしまう。だから…人並みの幸せは求めちゃいけないんです」
「幸せになっちゃいけないって、誰かに言われたのかい…?」
「……………」
「その人のせいで、君は幸せを望めないんだね。幸せになるとその人を不幸にしてしまうから」
「…猿子さん」
「君は『比翼の鳥』という言葉を聞いたことがあるかな」
猿子さんが突然、笑んで言った。
「いいえ、何ですか『比翼の鳥』というのは?」
「中国の伝説で、雄と雌にそれぞれ目と翼が一つずつあって…常に一つになって飛ぶんだ」
「へえ、知りませんでした」
「お互いがいないと飛ぶことが出来ない鳥だ」
「…お互い、ですか」
「君にもその比翼の相手を見つけてみてはどうかな。きっと君の幸せを守り、一緒に空へと羽ばたいてくれると思うよ」
「…見つけても私は羽ばたけないと思います。頑丈な鳥籠を壊す事が出来ない限りは」
「頑丈な鳥籠?」
「私は…ずっと鳥籠の中にいるんです」
「?」
「"あの日"からずっと…」
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