第7章 ナイフと紺色の手帳-ヒヨクノトリ-
「立花さんは将来の夢はあるかい?」
「将来の夢…?」
「もしかして本に携わる仕事かな?」
「いえ…あまり本には詳しくなくて…。学生の頃の夢は…パティシエになることでした」
「"でした"…何故過去形なんだい?」
「諦めてしまったんです」
「諦めた?」
「作る意味を無くしたので…。本気でパティシエを目指す理由も無くなりました」
「…どうして夢を諦めたの?」
「親友を…亡くしたんです」
「!」
「彼女の為にパティシエの道を選びました。趣味で作ったお菓子をいつも美味しそうに食べてくれるんですよ。そんな顔を見たら…もっと幸せになってもらいたくて…」
一度言葉を止め、悲しい表情を浮かべる。
「でも親友の死が…思ったよりも衝撃が大きくて…あの頃のような気持ちはもう無いんです。誰かを笑顔にしたいのに…本気になれなくて…」
「……………」
「なので夢はないですね」
へら、と曖昧な笑みを浮かべる。私の笑みが辛そうに見えたのか、猿子さんはそれ以上何も言わなかった。
「それに今はフクロウにいるのが好きです。素敵な仲間に巡り会えて、自分の知らない世界を知れて…毎日がとても楽しいです」
「それは良かった。この先も君の知らない世界がたくさんあるだろう。彼らの側で色々と学ばせてもらうと良い」
「はい」
「さぁ、署名を」
差し出された万年筆を握る。
「一つ、お伺いしたいことがあります」
「何かな?」
「先に言っておきますが、署名はします」
「分かってるよ」
「フクロウの皆さんの中に…久世さん以外で、稀モノの影響を受けてしまった方はいるんですか?」
「…………っ」
猿子さんの肩が、小さく揺らいだ。
大きなお面のせいで、もちろん表情なんて殆ど分からない。けれど確かに彼が動揺しているのが伝わってくる。
「(まずいことを聞いたかな…)」
「……──嘘つきと呼ばれたくないから、正直に話しておくね。一人だけ、いる」
「………!」
そこで猿子さんはまた言葉を切り、その後に躊躇うような気配の吐息が洩れた。
「……───『朱鷺宮恭彦』」
「(朱鷺宮…?)」
「……栞の、夫だった」
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