第12章 甘美な旋律【★】
それは、すっかり漆黒に染められた世界。
バルコニーにて。
「アズリ………、」
(モーツァルトはどうして、あんな顔を………。)
「アズリ!」
肩に触れた手に、初めて現実世界へと帰ってくる。
「ナポレオン………。どうしたの?」
すばやく笑んで、考えていたことを隠そうとした。
「楽しそうだったからな。………なにかあったのか」
「モーツァルトとね、演奏会を開くことになったの」
呟いて、ふふ………。と楽しそうに微笑う。
「ヴァイオリンを触ったのも、小さい頃以来だったから………、なんだか懐かしくて」
澄んだ蒼い瞳が 優しい煌めきを宿す。
その輝きが彼とともにいた時間も宿っていたと思うと
ちり、と胸をごく軽い嫉妬に焦がした。
「どうしたの、ナポ―――んんっ」
素早く腕の中に閉じ込めて、キスを交わす。
彼女の手は己の胸に添えられて、どこまでも儚い温もりを宿していた。
しばし甘い唇を堪能したのち、そっと唇を放す。
「これから公爵邸の警護だが………、帰ったらお前に触れていいか?」
その言葉に、恥ずかしそうに視線をさ迷わせたのち。
ちいさく、だけどたしかに頷いてくれた。
「………ありがとう」
額にキスを落とし、去っていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
一人きりになったバルコニーで、独りごちた。
「何もないといいけど………。」
「………誰が?」
冷え冷えとした声だった。
その声に凍りついてしまうと。
コツ……、コツ……、と
靴の音はむしろ余裕すら感じるほどゆっくりと近づいてくる。