第11章 黒い月夜に
その夜。アズリは心がぐちゃぐちゃに入り乱れて眠れずにいた。
星の光を浴びながら、中庭へと降り立つ。
(私の………、役割………。)
はぁ………。と嘆息する。
(伯爵は………、私があの人を選んだらどうするつもりなんだろう………。)
彼女の心には唯一人、住まう者がいる。
彼以外を選ぶなんて、考えられなくて。
夜空を仰げば、黒い月が浮かんでいた。
刹那とはいえ、彼と愛し合えたことは幸せだった。
………だけど。
「人の欲って、限りないんだね………。」
唇に儚いカーブを描き、星を湛えた空を見上げる。
(おばあちゃんの本心は、いまはまだわからないけど。
必ず………、見つけてみせるね)
ふわり。鼻腔をかすめたのは、甘い匂い。
「この香り………、
いったいどこから………。」
引き寄せられるように、香りの漂う方向へとつま先を目指すと………。
月下美人の花が 開こうとしていて。
花の傍らには、ジャンヌも佇んでいる。
彼女が立ち尽くしていると。
視線に気づいた彼は、こちらを向いて。
「………女? 何故ここにいる」
人形のように感情を殺した瞳が 彼女を映すことで幾分か和らぐ。
けれど、彼女自身はそれに気づいていなくて。
「ご、ごめんなさい。なんだか………、眠れなかったんです」
呟いて、踵を返そうとした手首をそっと掴んだ。
「ここにいろ。眠れぬのなら、話し相手ぐらいにはなってやる」
そう言って微笑む。目元が和らぎ、その表情は優しい感情に染まっていた。
「ありがとう。じゃあ………、ここにいます」
ふわりと微笑んで、彼の傍らに腰を下ろした。